マタイ13:44~50
【目に見えない命に支えられている】
私はこの頃よく、森の中で、畑で、田圃の畦で、土の上に直接ゴロリと横になる。
理由は簡単で、それがとても、気持ちがいいから。
ここ半年ほど介護のことで睡眠が上手く取れない状態で、木を伐り、木を運び、畑を耕し、田植えの準備をしている。
正直いってフラフラなのだ。
で、仕事の合間にゴロリと寝そべる。
地面と接している部分から、痛みや疲れがじわじわと取り除かれるのが分かる。
空を見上げ、そしてゆっくり目を閉じる。
すると、身体が見えない力で持ち上げられ、地上数ミリのところで浮遊しているような感覚に陥るのだ。
小さな小さな森の小人たちがざっと数百万人くらいで、わっせわっせと私を持ち上げてくれている光景を夢想して愉快になる。
いや、実はこれが人間とこの世界との関係なのではないか、と思う。
人間は自然を支配しコントロールしている気になっているが、
ほんとうはこんな傲慢な生物種であるにも関わらず、目に見えない微生物や土着菌が私たちの健康を支えてくれているのだ。
【上間綾乃さんの唄】
一昨日、SNSの投稿がきっかけで上間綾乃さんという歌い手さんを知った。
さっそく彼女のデビューアルバム『唄者』(うたしゃ)を購入した。
彼女の声を聴いた瞬間、私は森や田畑で経験するあの「小人たち数百万人に支えられている」感覚に陥った。
脳と身体の緊張や痛みや疲労感が霧散したのだ。
このアルバムの中で、『声なき命』という曲が特に胸に響いた。
…声なき命 あなたにささやく
何処へ行けばいいの?
声なき命 切なる願い
聞いて この声を
…声なき命 未来へつなごう
共に生きるために
声なき命 気付いてほしい
聞いて この声を
(声なき命 / 上間綾乃)
聴きながら私は、記憶と言葉を日々次第に失いながらそれでも一緒に歌を唄ってくれる認知症の父を思い出した。
いつもどこか遠くを見つめているくせに、私が弱っていると、全然違う方を見据えたままで「大丈夫?」と心配してくれる自閉症の少年のことを思い出した。
南相馬の山奥で、放射能に汚染された水と魚を採りながら、それでも森と清流を守ろうとする寡黙な樵のおじさんを思い出した。
そして、聴きながら涙が止まらなくなった。
【神さまが見つめているもの】
今日の聖書の箇所は「天国の譬え」だ。
「天国」とは「神さまの支配」という言葉でもある。
つまり神さまは何処にその力を反映させられるのか、ということだ。
言い替えれば、神さまの視線は何処に注がれているのか、ということだ。
神さまの視線の先にあるもの、それは「畑に隠された宝」(44節)であり、「探し求めていた一粒の高価な真珠」(46節)であり、「網にかかった高く売れる魚」(48節)だという。
これらは少なくとも、地位や名誉とは無関係だろう。
ほとんどの人からは価値のないものとして見過ごされ、唾棄されるようなもののことだろう。
「大きく・強く・速い」ものではなく、「小さく・弱く・遅い」もののことだろう。
何故そんな取るに足らないものばかりを神さまは大事にされるのか?
答えは簡単だ。
目に見えない命、声を持たない命こそが、私を支え生かしていてくれるからだ。
声なき命の、その声を聞くとき、そこはまさに天国なのだ。
私は聞けているだろうか、声なき命の、その声を。
【目に見えない命に支えられている】
私はこの頃よく、森の中で、畑で、田圃の畦で、土の上に直接ゴロリと横になる。
理由は簡単で、それがとても、気持ちがいいから。
ここ半年ほど介護のことで睡眠が上手く取れない状態で、木を伐り、木を運び、畑を耕し、田植えの準備をしている。
正直いってフラフラなのだ。
で、仕事の合間にゴロリと寝そべる。
地面と接している部分から、痛みや疲れがじわじわと取り除かれるのが分かる。
空を見上げ、そしてゆっくり目を閉じる。
すると、身体が見えない力で持ち上げられ、地上数ミリのところで浮遊しているような感覚に陥るのだ。
小さな小さな森の小人たちがざっと数百万人くらいで、わっせわっせと私を持ち上げてくれている光景を夢想して愉快になる。
いや、実はこれが人間とこの世界との関係なのではないか、と思う。
人間は自然を支配しコントロールしている気になっているが、
ほんとうはこんな傲慢な生物種であるにも関わらず、目に見えない微生物や土着菌が私たちの健康を支えてくれているのだ。
【上間綾乃さんの唄】
一昨日、SNSの投稿がきっかけで上間綾乃さんという歌い手さんを知った。
さっそく彼女のデビューアルバム『唄者』(うたしゃ)を購入した。
彼女の声を聴いた瞬間、私は森や田畑で経験するあの「小人たち数百万人に支えられている」感覚に陥った。
脳と身体の緊張や痛みや疲労感が霧散したのだ。
このアルバムの中で、『声なき命』という曲が特に胸に響いた。
…声なき命 あなたにささやく
何処へ行けばいいの?
声なき命 切なる願い
聞いて この声を
…声なき命 未来へつなごう
共に生きるために
声なき命 気付いてほしい
聞いて この声を
(声なき命 / 上間綾乃)
聴きながら私は、記憶と言葉を日々次第に失いながらそれでも一緒に歌を唄ってくれる認知症の父を思い出した。
いつもどこか遠くを見つめているくせに、私が弱っていると、全然違う方を見据えたままで「大丈夫?」と心配してくれる自閉症の少年のことを思い出した。
南相馬の山奥で、放射能に汚染された水と魚を採りながら、それでも森と清流を守ろうとする寡黙な樵のおじさんを思い出した。
そして、聴きながら涙が止まらなくなった。
【神さまが見つめているもの】
今日の聖書の箇所は「天国の譬え」だ。
「天国」とは「神さまの支配」という言葉でもある。
つまり神さまは何処にその力を反映させられるのか、ということだ。
言い替えれば、神さまの視線は何処に注がれているのか、ということだ。
神さまの視線の先にあるもの、それは「畑に隠された宝」(44節)であり、「探し求めていた一粒の高価な真珠」(46節)であり、「網にかかった高く売れる魚」(48節)だという。
これらは少なくとも、地位や名誉とは無関係だろう。
ほとんどの人からは価値のないものとして見過ごされ、唾棄されるようなもののことだろう。
「大きく・強く・速い」ものではなく、「小さく・弱く・遅い」もののことだろう。
何故そんな取るに足らないものばかりを神さまは大事にされるのか?
答えは簡単だ。
目に見えない命、声を持たない命こそが、私を支え生かしていてくれるからだ。
声なき命の、その声を聞くとき、そこはまさに天国なのだ。
私は聞けているだろうか、声なき命の、その声を。