夏の雲が好きです。

なんかダイナミックで、壮大で、自由で。それでいてミステリアスで。

これからこの世界に、何を起こす気なんだろうっていう、不気味な予感すら感じさせるような。

この時期の雲を、ついつい。今年の夏はこんな感じで。

 

 

出来れば自分も常にイメージはこんな感じで。

なんかこう、もっとこんな風であるべきなんじゃないか、というか。本来、人もこうなんちゃうの?って思うんですけどね。

 

試行錯誤しながら、時に失敗しながらでも、まだまだ進化していきたいと決意を新たにした(つもりの)、2021年、夏。

残暑お見舞い申し上げます。

お久しぶりです。みなさん変わりないですか?

 

 

なんかふと、長いこと自宅のノートPCをいじってないなと思いつき、キーボードをしったげにカチャカチャしたくなったので書いてみています←。

ワクチンはまだ一回も打っていませんが、おかげさまで僕は元気に過ごしています。←

 

 

何においても、やっぱコロナですね。この話題にも少し疲れてきましたが…やっぱり。感染拡大がなかなか収まる気配がなく。ついにはまた緊急事態宣言が発令されてしまいました。もう何回目だっけ?確かに今回ばかりは仕方ないのかなって思うけれど、何回繰り返すねん、ってやっぱり思ったりもして。

 

 

ワクチン供給不足につき、僕に至っては、ワクチンの予約の順番すら回ってきていませんでしたが、今日やっと予約が出来ました。

そんな状況ながら、ワクチンパスポートの検討とか、いやいやまずはみんなが一通り打つことが出来てからの話しを先にされても、打ってない人は自業自得と言わんばかりの、まるで脅しのようなやり方(あり方)に、かなり辟易としています。

 

おそらく皆さんが抱いてらっしゃるものと同様、日本のコロナに対する体制やスピード感なども含めて、僕も悶々と不満を抱えながら、それをなかなか発散することが出来ていない国民の一人です。

すいません、いきなり愚痴っちゃいました。

 

 

とはいっても。

自分のライブに関しては、宣伝も、そしてそのレポもここには書いていない、相変わらずの体たらくぶりですが、7月には無事に福山でのワンマンライブもたくさんの方に支えられながら終えることが出来て、このご時世においてもまだ音楽が出来ることのありがたみと、人の温かさを感じられている。

こんなしょうもない記事を、ほろ酔いで打ち込めている自分は多分幸せ者なんだと思います。

 

 

そしてこの限られた時間とテリトリーの中で、素敵で不思議なご縁を頂いたりとかして。思わぬところでのつながり、そしてそれを繋げてくれる人たちに恵まれ、こう言う表現をしてしまうと語弊があるかもしれませんが、割と充実しているのではないかと思っています。本当にありがたいことです。

 

 

さあそしてそんな中、とても素敵なイベントに呼んで頂きました。

是非チェケラ願いたいです。

 

 

2021年10月3日(日)西大寺観音院で開催される、おかやま国際音楽祭2021のオープニングアクトを仰せつかりました。メインアクトはあの夏川りみさん!素敵な共演者の方々と一緒に盛り上げられたらと思っています。

 

このご時世だからこそ、伝えられるものがきっとあるはず。このイベントが無事に開催されることを切に願いながら、皆さんのご来場をお待ちしてます。ご検討よろしくね。

 

そして、まだお伝えできていないライブの情報も何本かあります。そちらも是非ご検討いただきたいイベントなので、またお伝えできればと思っています。引き続き、チェックしてやってね。

 

 

ちょっと、今が踏ん張り時な感じしますよね。と、そうずっと言ってるけど。お互いに、今まで以上に気を付けながら、元気に過ごしていきましょう。まずは元気に毎日を過ごせること、これに越したことはないよね。

 

 

またカチャカチャしたくなったら書こうと思います。笑

とにかくお互い、元気でいようね!

 

 

最近、観葉植物のお世話をしています。あれ、難しくないですか?

 

以前、いただいた胡蝶蘭の世話役を仰せつかったのですが、見事に全て枯らしてしまいました。間違いなく僕に全責任があります。今のところ、観葉植物は大丈夫なようですが、そういった前科があるので、少し不安です。

 

水が足りなかったのか、それともあげすぎたのか。日の光が足りなかったのか、それとも当てすぎたのか。置く場所が悪かったのか。その花の特性を把握しきれていなかったわけですが、何がダメだったんだろう。

 

 

それって、人にも同じことが言えるなとふと思いました。

子どもにしても、部下や後輩にしても、教育と大きな括りで見て、絶対その人その人で性格も考え方も違うんだから、水のやり方が違ってくるはずなんですよね。間違っても全部を一緒くたにしちゃって、こちらは間違っていない、って決め付けないこと。こちらが相手を分かってあげようとしなきゃいけないのだけれど。

 

それでも世に目を向ければ、中には、水もあげないし、食事もあげない親がいます。水をあげるじゃなくて、手をあげる(暴力を振るう)人がいます。間違っているにも関わらず、そんな自分を棚にあげます。自分を棚に上げちゃったら、なかなか下ろせないんですよね。

やっぱりそんなんで花が咲かせられないですよね。間違いだらけの僕が言えた事じゃないけれど、明らかにそれは間違っています。あれってほんと、一体どういう神経してるんだろう。その類いのニュースを見ては、いつも勝手に腹を立てています。

 

いやでもまあ何にしても、育てるって本当に難しいことですよ。それはとってもよく分かります。でも花を咲かせられなかったのも、その花に気付かなかったのも、残念ながら枯らしてしまったのも、全部水やりをしていた大人のせいです。外部からの要因がなければね。大人が大人らしく、どうにか責務を全うしてみせたいところです。



そんな中、先日息子が6歳になりました。

 

怖いからと僕と一緒じゃなければ寝れなかったのに、いつのまにか夜一人で寝れるようになったし、最初は怖くて嫌がっていた自転車も、今ではむしろ危ないくらいスイスイ乗れるようになった。覚束なかったお箸の使い方も少しずつ上手になってきた。今ではポケモンのモンスターを驚くべきスピードで覚えていっています。

そして、ある程度覚悟はしていたけれど、おしりとかうんちとかちんちんとか、可愛い下ネタにゲラゲラ笑うようになった。自分がそうだったように、やっぱりなってしまった。笑 

 

子ども特有の野菜嫌いとかも、もれなくうちの子にもあるのだけれど、「6さいになったらたべる~」と逃げてきたのに、誕生日を迎えるあたりから自覚が出てきたのか、割と律義に、今までのツケを返済し続けている。あ、でもピーマンはまだやっぱりラスボスみたいです。

 

「6さいになったら~」と言えば、目の前の野菜や、子どもにはまだ理解しがたい躾・マナー、ちょっと面倒な物事から逃げられる魔法の言葉が封印された今となっては、逆にすっかり図に乗り「もう6さいだもんね~」と言っている。マジこの野郎。笑

でもほんと、成長が著しく早い。こっちが、羨ましいと凹むほどです。少しずつでも確実に、お兄ちゃんになっていっています。僕らに希望と、少しの切なさと寂しさを残しながら。

 

ということは自分が親になってからも6年。パパママ6歳。そう考えたら俺らもまだまだ全然ひよっこだなあとか笑いつつ、息子は間違いなく6歳だけれど、はたして僕は本当にパパとして6歳になれているのかなとたまに不安に感じてしまう時もあったりして。ちゃんと水やり出来ているのだろうか。

 

まだまだ分からないことも多く、実は6歳にすらなれてないんじゃないかと思う時もあるのだけれど、でもそういう感覚ってきっと僕だけじゃなく、世の中のパパさんママさんが感じられていることなのかなという気もするし、それを決めるのって多分僕自身じゃないんだろうから。

 

未熟者の僕が偉そうに言えませんが、僕らは僕らで、ありがたい事に6年もの間、キレイに咲いてくれたこの花を枯らすわけにはいかないのよね。これはもう世の中のほとんどのパパさんママさんが、お子さんに対して思っていることでしょう。(お互い頑張りましょうね!)


こんな僕でも親にしてもらって、また一つ僕らの人生を彩ってもらった事に、只々感謝しかなく、とにかく彼が元気に大きくなってくれるよう、父ちゃんも頑張らんとなと身を引き締めておるところです。

 

 

2021年の春、こんなことを思ったので、忘れてしまわないようにと思ったんだけど、めちゃ長々と書いてしまいました。すいません。今回は完全に自己満足投稿です。



頑張っても大人の小指を掴むのが精一杯な小さな手。そこがまた可愛い。


七五三のときに書いた、名前は頑張って漢字で書けているのに、「ともだち」の「と」が逆になり「うもだち」みたいになった絵馬には家族みんな笑いました。

 

 


 

 

p.s.

3月末、そんな育ち盛りのわんぱくボウズをつれて、一年ぶりにじいじばあばへ会いに行きました。コロナの影響でこんなに期間が空いてしまったのだけれど、その帰省中に立ち寄ったパーキングエリアで咲いていた桜を撮りました。

 

その日はとにかく空が澄んでいて。桜は満開ではなかったんだけれど、今年の春に僕が見た桜の中で、この時の桜が一番綺麗だった気がします。最後に載せている写真がそれです。

 

桜がキレイかどうかのカギって、完全に空の色だと思うんですよね。

桜自体がキレイなのは間違いないんだけど、やっぱり空が曇っていると桜の美しさがグレーに混じってしまって全く映えない。毎年春が来る度にそう思うんです。

 

桜を子どもに例えるとするなら、空は大人かな。

 

未来も確かに大事だけれど、子どもには、今を元気に美しく。瞬間、瞬間を美しく、咲き誇ってほしいと思うし、出来れば大人達が、そんな子供たちがより美しく映るように、透き通った青い空を広げて、見守ってあげられたらいいなあ。



 

 

あっという間にもう3月。春だね。

毎年そう感じるけれど、1~3月ってなんでこうも光のように過ぎ去っていくのかね。

 

このブログの更新状況からもお分かりの通り、ただでさえのんびり屋の僕なので、昨年末の無観客配信のお知らせだけぶっ込んでおきながら、2021年あけましておめでとうという新年の挨拶すらなく、その昨年末の配信がどうだったかという記事もこちらでは書けていないし、実は先月末(2月25日)には、自身2本目の無観客配信ライブを終えたところです。それについてはこちらで宣伝すらしていないという体たらく。まあ行き届かない、行き届かない。

 

2月25日無事に終えた、無観客配信チャリティーライブは現在アーカイブ保存期間中につき、まだご覧になってない方もおられるかもしれないので、今のところのレポは控えておくとして、昨年12月18日に開催した福山INN-OVATIONでの無観客配信は、僕自身、ひとつの可能性を体感出来た企画でした。

 

 

 

コロナ禍になってから。いつどこでどうやって音楽をするか、表現の仕方、そしてそのお届けの仕方も含め、どういう形で各々活動していくか、という事に他のアーティストの方もそうでしょうが、僕もまんまとそこにぶち当たりました。

でも何故か割と早い段階から、やるならライブハウスで無観客配信がいいな、と僕は思っていました。間違いなく、お客さんを呼べる状況じゃなかった。お客さんを危険にさらすわけにはいきませんから。そこが大前提の元でのこと。

 

 

ただ自分も音楽以外にやらなければならないことがあったり、状況が状況だったので気おくれしたのも事実。配信するにしても、自分の思いを実現するにはそれなりの環境が必要で。こういう時に相談できるのはやっぱり、e-level、福山INN-OVATIONの井上さんしか思い浮かばなかったのです。お話しをしたら快く引き受けてくださいました。アーティストの思いにすぐアジャストして、そして僕らが想像していた以上のものをアウトプットしてくれる。そういうキャッチボールみたいなもの経て、あの夜が作れた。一つのライブをお届けするにあたって、あらためてその大切さに気付かされました。

 

 

ライブでもありながら、観てくれる皆さんからすれば一つの映像作品。

やり直しなしの一発勝負。あの時の自分に表現しうる、緊張も情熱も、元気も勇気も、夢も希望も、ほんのちょっとの絶望も後悔も、そしてやっぱり希望も。全部込めました。これはね、ほんと観てほしかった!

 

 

それぞれが大変な中、それでもご覧頂いた方々、本当にありがとうございました。タイトル通り、本当に感謝です。僕自身久しぶりのライブっていうこともあっただろうけれど、ライブ後、たくさんの方から温かいお言葉を頂戴しました。心からやってよかったなと思えました。そんな幸せな事はありません。

 

 

画面越しの皆さんにしてみれば違うと言われてしまうかもしれませんが、僕からしたらこれも立派なLIVE。アーティストだけじゃなく、ライブハウスの魅力もやり方一つで充分に伝えられるんじゃないかと思ったし、何より、コロナ禍が明けたら是非生で聴いてみたい、と思って頂けるような、ライブハウスで音楽を聴くということを心待ち出来るような、大きな手段になり得ると思いました。まだ少し抵抗があるというか、まだ若干馴染んでこない形かもしれないけれど。そこはもう僕らの技量かなとも思うので。今までのようにライブハウスで音楽がちゃんと聴けるようになるまで、この方法については出来るところまで表現できたらと思うので、温かい目と耳で、見届けてくれたら嬉しいです。

 

 

 

2月25日(木)に終えた岡山ルーテル教会で開催された無観客配信についても、まだご視聴頂けます。今回の収益はYMCAせとうち様を通じて、令和2年7月豪雨で被災された熊本県へ寄付されます。まだご覧になってない方、ご検討中の方、是非よろしくお願いします。

 

■配信チケット・視聴料金:

「ツイキャスプレミア配信」

◇商品詳細:「板東圭一郎チャリティー配信LIVE in ルーテル教会」・2,000円

https://twitcasting.tv/c:mid20110303/shopcart/52350

 

 

世の中がこうなって、僕ら自身もまた試されているような。

何が正解なのか、と考えてしまいがちだけど、自分が「これだ」と思ったことが間違いなく自分にとっての正解で、もうそれしかないと思うのです。

じゃあそれ以外の方法は間違いか、といえばそうじゃない。他の誰かがそう考えたのであれば、それはその人にとっては正解で。そこでいちいちぶつかり合わないこと。お互いを尊重しながら、活動していけたらいいよね。音楽だけの話じゃなくて。

 

 

自分がどうありたいか。一番大事なのはそこな気がするので。

一刻も早いコロナの収束を願いながら、これからもそこを見極めながらお届けしていけたらと思っています。その時もまたよろしく!

ご無沙汰してました。

半年以上も空けちゃったけれど、色々ありながらも僕はいたって元気です!

 

さあ、とにもかくにも。

いちはやくお知らせせねばならないライブが決まりましたので、お知らせさせてね!

 

 

はい!12月、無観客ライブストリーミングに挑戦します!

2020年、僕なんかが生意気に、言葉に表すことなど出来ないくらい、ほんと大変な年になってます。そんな2020年だからこそ意味があり、歌える歌があるのではと思い、福山INN-OVATIONと話し合い、企画しました。

 

こんな中でも、頑張っている人達のために、歌を聴こうと思ってくれた人達のために、音楽を必要としてくれる人達のために、そして音楽シーンで頑張ってくれている人達へ、最大の敬意と感謝を込めて、全てぶつけるつもりです。

 

絶対成功させたいので、みんな是非力を貸してね!お願いします!

 

2020年12月18日(金)

板東圭一郎 Live Streaming.

『Special Thanks』

start 21:00 ticket¥2,000

 

《チケット購入サイト》

https://liveinn.base.shop/items/35871979

 

《注意事項》

※決済方法は、クレジットカード決済、ご契約の各携帯会社の通信料金への合算によるお支払い(手数料あり)、PayPal決済となります。サイトよりご確認下さい。

※上記のサイトにてチケットをご購入頂きますと、視聴用URLが送信されます。

※この商品は電子チケットのため発送するチケットはありません。

※アーカイブ保存期間は1週間を予定しております。(変更の場合あり。)

※当ライブでの収益は全て、福山INN-OVATIONへ寄付させて頂きます。

※今一度、サイト内での注意事項をご確認の上、ご不明な点等ありましたら、お気軽にお問い合わせください。

 

 

実際には会えないけれど、画面越しで繋がれることを願って。

精一杯歌うので、是非ご検討ください!

 

また色々と近況など改めて書いていくね。

ではまた。あらためてよろしく。

 

青の濃すぎるTVの中では

まことしやかに暑い国の戦争が語られる

僕は見知らぬ海の向こうの話しよりも

この切れないステーキに腹を立てる

 

僕たちの将来は めくるめく閃光(ひかり)の中

僕たちの将来は 僕たちの将来は

僕たちの将来は 良くなってゆくだろうか

 

『僕たちの将来』/中島みゆき

 

 

世の中で、なにか大きな出来事があったりすると、なぜかこの曲のこの一節が頭をよぎるのです。その大きな出来事が確実に起因しているのだけれど、不安の中で余裕がなく、結局は自分の目の前で実際に起きている現象しか見えていない。人間の心理みたいなところが見事に描写されていて、共感させられる一節で、僕はとても好きなんですけど。

もっと目を向けなければいけない景色があるのに、結局自分もこの曲の“僕”と一緒で、余裕がなく、日々のストレスとか、ちょっとしたことに気を取られたりして、たまに我に返ったときに、それはちょっと嫌だなと反省したりします。

 

 

あ、同じだなあと思ってくれた、あなた。

大丈夫、きっと、僕もあなたも悪くない。

あれもこれも全部、コロナウイルスのせいなのだから。←

 

**********

 

今年に入ってからじわじわと続いてきた新型コロナウイルスの感染被害。その拡大がとどまる事なく、ついに4月7日、緊急事態宣言が発令されました。

そろそろかな、そろそろかなと思いながら、随分と時間が経ったなあという印象。こう思っていたのは恐らく僕だけじゃなく、僕を含む全国民の皆さんもそう思っていたのではないかと思いますが。

 

僕らからすれば、もうとっくの昔から、「切迫」感を感じていたし、これってもう「緊急事態」だろ!っていう状況で、都会の方では感染者が日に日に増えているし、次第に地方にも広がってきた。あれだけ増産すると言っていたマスクも、未だに手に入りにくい状況だし、アルコール消毒液も入手困難。不安は募るばかりですもんね。

 

国民と政府の、そのへんの意識の差、みたいなものが、いまだにモヤモヤしたりしますが、これはもはや冒頭に紹介した歌のように。

 

僕らが感染被害を受け、生活に受けた影響に困惑し、どうしたらいいんだろう?と路頭に迷っている間に、あんたらは中止することなく参加した、高級料亭ででも開かれた会食で、出された魚の小骨にでも、腹を立てとったんかい。

 

とか、皮肉の一つも言いたくなってしまいますよ。完全に余談ですが。(※この例えはフィクションです。そもそも骨のある魚が出てくるのかすら謎。)

 

とまあ、心も体も、健康第一。

今回の場合は、そもそもの気を付け方がまた難しいですが…お互い気を付けましょうね。

 

 

**********

 

 

さて。板東圭一郎としての活動について、こちらでは報告していませんでしたが、悩みに悩んだ結果、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、下記の2公演のライブ出演を辞退させて頂く運びとなりました。

 

 

①4月11日(土)広島JIMO cafe(※引き続き、開催予定です。)

②4月20日(月)渋谷La.mama(※4/7を以て、イベント自体中止の決定。)

 

 

3月末に、出演キャンセルの意向をお伝えさせて頂きました。特に20日のLa.mamaは、緊急事態宣言を受けて、イベントの中止を決定されたようです。

どちらも僕自身、本当に楽しみにしていたイベント。同じように楽しみに待っていてくださっていた方が多かったのではないかと思うんですが…苦渋の決断ではありましたが、このような状況ですので、どうかご理解頂ければと思います。

 

 

そして、僕自身の今後の活動についてですが、上記2公演以外では、出演予定のライブがしばらくの期間決まっておりませんでしたので、当面はこのまま、ライブ活動を自粛させて頂こうと思っています。

 

 

「自粛」と、かなり一括りにして、この言葉を使ってるんですが、今のこの状況と、例えば、災害などが起きた時の「自粛」の意味合いは、訳が違うなあと思っていて、今回のこの状況は、自分が活動することで誰かに危害が及び、命に関わってくる可能性が出てくる以上、精神論や理想論、何の根拠もない綺麗ごとだけで、呑気に動いている場合ではないよなあと。僕なんか、ただでさえ呑気なのに。

 

 

あれだけ槍玉に挙げられてしまったけれど、そんなライブハウスを救えるのも結局やっぱりステージに立てるミュージシャンであり、その人達についてくれているお客さんたち、ということも間違いない、ということは忘れてはいません。

 

 

そうするために、今はまずはその“動き方”からなのかなあと思います。現実的にしても、僕らの心情にしても、そもそもの環境が整わないのでは…。心から「楽しい」とか、「感動した」と言って頂くこともそうですけど、やっぱりステージに立つ側の人間も、心からそう思えたものをお届けしたいのです。

 

 

しっかりステージでお届けできるよう、新しい曲を書いて、パワーアップしておきます。何か決まりましたら、その都度お知らせさせて頂きます。ちょっと待っててくださいね。

 

**********

 

ライブハウスを貸し切っての、無観客でのライブ配信、オリジナル・カバー問わず、全国のミュージシャンが動画を配信したりと、こういう状況の中で、色んな動きも出ています。

 

それぞれがそれぞれに合った方法で音楽の届け方を見出して発信している。それはとても良い機会で良い事だと思うし、色んな人が色んな発信をしていて、観ているこっちもとても面白い。みなさんも是非触れてみてください。

僕自身も、あまりそういう事をやったことがないから、色々と模索して、既存のオリジナルから、カバー曲や作りかけの新曲等諸々、素材が整ったら、少しずつ発信していけたらと思っています。それもまたあわせてお知らせしますね!

 

 

先は長いかもしれませんが、ともに音楽を心から楽しめる日を、どうか待っていてほしいです!すべては、お互いがまたライブハウスで音楽に浸れる、来たるべき時のために。引き続き、よろしくです!

 

 

 

 

また長々と書いてしまった。汗

最後まで読んでくれてありがとう。

 

 

 

追記:

blog更新後、昔からお世話になっている先輩から、東日本大震災が起きた数日後に飲みながらこの話をしたからだよ、と連絡が来ました。この曲のこの歌詞について話したようです。そ、それでか、どうりで残っていたわけだ。記憶が曖昧すぎるにもほどがありました。失礼しました(汗)ありがとうございました!

 

↓↓HPも更新中です↓↓

板東圭一郎official web site