ノーカントリー/ジョエル&イーサン・コーエン
札束を握って逃げる逃亡者、追う凄腕の殺し屋、そして保安官。
まさにオールド・ハリウッド!
コーエン兄弟お得意の素材だから
いつも通りスタンダードに料理するのかと思ったらいい意味で裏切ってくれた。
スクリーンに漲る緊張感とは裏腹に映画には決定的なシーンが映し出されない。
殺人者が逃亡者を殺す決定的シーンは映らず、
スクリーンには殺害された逃亡者の死体だけが転がる。
保安官VS殺し屋は実現されないまま、保安官は引退して事件は終焉へと向かう。
そこにあるのは絶対的なVanity(空虚)だ。
最初は漠然としていたVanityは物語が進行していくほど肥大して
フィルム全体を飲み込んで収斂していく。
(その構造が『ゾディアック』に非常に似ている点は
現在のハリウッド映画を考える上で非常に注目すべき点だ)
ラストシーンで事故に巻き込まれた殺し屋が
目撃した子供達へ自分の存在を口止めするシーン、
「ここには誰もいなかったんだ・・・・・・」
という台詞はスクリーンを観ている私達に投げつけられた言葉かもしれない。
