ホラー小説が結構好きだが、そのジャンルに精通しているというわけでもない。たまたま評判を目にしたものを図書館で借りて読む程度だ。

 

この本は確か新聞の書評欄で見かけ、それで予約を入れた。書評と言っても1冊を取り上げているものではなく、ジャンル別に新刊3冊を紹介するコラムで取り上げられたもので、その時は話題のホラーを取り上げていたように思う。

 

この作品はあくまでドキュメンタリーの手法で演出されたフィクションだが、終盤明かされる巧妙な仕掛けがされていて、何か自分も物語世界の一員にされてしまったような奇妙なリアルさが脳に残る。

 

物語は雑誌記事、聞き取りテープの書き起こし、編集部への手紙、ネットのログなど、様々なスタイルのモチーフをつなぐ形で展開する。一つ一つが独立した怪談でもある。

軸になるのは廃刊後のオカルト雑誌をムックで刊行する編集部の、外部ライターと新人編集者。彼らが記事ネタとして、編集部にある過去の資料などを漁りながら連鎖するような出来事を拾っていく。

 

ブログへの謎のリプ、それに関連して山から聞こえる謎の呼び声から始まるのだが、これが柿のモチーフ含め薄気味悪い。女性をターゲットにしてるようなのもイヤだ。

だが途中でそれからだんだん話が逸れて行く。あれれ?誰か呼んでるとか柿のことはどっか行ってしまったの? 

最初のとっかかりへの興味をそがれる感じはあるが、怪異が伝播する過程でちゃんと回収はされる。ああよかった、あんなに振っておいて未回収はひどいから。

 

話のまとめ方を最初から筆者は決めていたようだが、それ自体はあまり面白味はないし、ディテイルもそれまでに散々散りばめられているので意外性もない。

だがそれが一番の肝ではなく、話のあちこちに散りばめられたもの、その仕込まれ方が薄気味悪かったりする、それを感じることが肝なのだろう。

 

 

読みながら感じていたのは怖さというよりも、これまでホラーを読みながら感じたことのない薄気味悪さである。その理由として思い当たることは、これは場所にまつわる話ということだろうか。地名は伏せられているし、具体的な場所を想定しているわけでもなさそうだが、近畿という一言が効いている。

 

近畿は関東育ちの自分にとってはある意味未知の場所だ。訪ねたことはあっても暮らしたことはないから、上辺しか知らない。

とはいえ同じ日本だから、物語に出てくる風景は自分の経験値の中で思い浮かべることはできる。山の中のドライブとか、見えている山とか、神社や祠、団地、ダムなど。想像したものと作者が思い描いたものは極端には違わないはずだ。

 

でもやはり、どこか違うのだろうとも感じる。

関東、特に東京周辺は江戸時代以降に拓かれた場所だ。しかし近畿はもっと歴史が古い。それぞれの土地が経て来た時間的地層が分厚くて、古い土地の持つ磁場や、そこで培われてきたものが、自分が感知できる範囲を超えている可能性はある。

 

この話の怖さがじわじわとくるのは、近畿ならではのダークな何かが存在するかもと、(あるかどうかもわからない)古さや慣習などへの怖れが無意識の中に忍び込んできているのかもしれない。

これは土地の歴史の重みや風土を尊重する思いによるもので、何らかの差別などから発するものではないので誤解のなきよう。

 

 

小野不由美の「残穢」を想起する事象の伝搬、宗教、民俗学的言い伝え。ネット怪談、オカルト雑誌、学校怪談。現代ホラーのモチーフをふんだんに取り込んで書かれているが、撒き散らしすぎて恐怖が一つのことに焦点を結びづらい感もある。

 

宗教も装置の一つとして扱われているが、カルト宗教への恐怖心は、そうしたものに頼り、のめり込んでしまう人の心への怖れである。

信仰するうち何も他に目に入らなくなる人の様子は、精神を病んだ人の理解できない言動のようにも描かれている。自分たちの理解が及ばないことへの怖れは確かに理屈ではない怖さがあるのは認める。だが恐怖の根源となっている人物は明らかに精神を病んだ気の毒な人で、要治療案件だろう。精神障害者への寄り添い辛さをホラー要素として捉えるのは心理的に抵抗がある。後述する袋とじ写真の件も同様だ。

自分には序盤で描かれていた山の恐怖のモチーフのシンプルさの方が、ホラーの題材としては好もしい。

 

むしろ作品の仕掛けの一環として、ライターが書いているからこうなのだ、と言う部分が説得力があった。紙媒体とネットがまだ共存しているこの時代だから、リアリティがあるだろう。

ホラーというのはその時代を映していると実感する。

 

ちなみにこの作品はネットで無料で読めてしまうようだ。元々ネットで連載していた作品なので、こういう形式を取りやすかったというのもあるらしい。

書籍を買った人へのスペシャルとして、巻末袋とじで資料としての写真が添付されている。内容はいささか悪趣味だと思うが、書籍を売る工夫は評価できる。

しかし最後の写真は、日本人ではおよそ500人に1人くらいの割合で出現する比較的頻度の高い先天性疾患だという。悲劇性を補強する要素はあるだろうが、この写真を使う必然性はストーリー展開上ないと思えるし、先述した精神障害が疑われる人物をホラーネタにするのと同じく、この疾患を持った方への配慮に欠けているように思う。