この本については何も知らなかったが、「近畿地方のある場所について」の作者が書いたもので、来年映画化されることを知ったので読んでみた。

 

まず奇妙なタイトルだ。そして本のサイズが文庫本の半分くらいの手のひらに乗るサイズで、ページ数も64ページと極めて少ない。30分もあれば読めてしまう。ややこしい伏線はなし。まさにファスト時代のファスト読書のための作品だ。これをどう映画化するのか。

 

6人の大学生が肝試しに出かけ、そのあと一人の女子が行方不明になる。いなくなった女子以外の、5人の証言で話は構成されている。この5人のキャラクターの書き分けと、それぞれに起きたこと、その受け止めが物語の骨子だ。

ぼやき、後悔、嘆き、反省、いろんな感情が交錯するが、登場人物たちはどこか薄っぺらい。ファスト読書は人間の深みまでは要求されないようだ。

 

怖いか怖くないかでいうと、私は全く怖くはなかった。物話の雰囲気はどちらかというと奇妙で、代わりばんこに証言が続く中、蝉の声が気になる(夜中なのに!)。薄気味悪くて、これは「近畿地方〜」の柿とか叫び声のような物語の重要モチーフか。

そして人によっては証言の最後の方で文字色が黒から赤に変わっていくのが不可解。何の仕掛けだろうと思った。

 

この先は、ねたばれを知りたくない人は配慮せず書いてるので読まない方がいいかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

最後のページに、タイトルのアンケートが登場する。ここで状況が明らかになる仕掛けがされていて、これを成立させるためには確かに長々とした物語はいらないだろう。むしろ短いから効果的なんだろう。

 

だけど5人は誰に対して話をしているのだろうか? 亡くなった女子大生?あるいは集まった他の人に聞かせるため?

違う、そうではない。読み返してみて、最後の部分でこの人たちはどうして交互に語る状況になっているのか、疑問が解けた。文字色が変わっていく意味も。

いなくなった女子大生は、木に託された呪いにかかった。だがその時彼女も、自分をこの状況に陥れた人たちを呪った。『肝試しに来なければこんなことにならなかったのに、どうしてくれるんだ、お前ら全員ここに来て話をして死ね』と。5人はその呪いに呼ばれたのだ。そして最期に懺悔と告白をしてから死ぬ。話をした相手は呪いそのものか。そして話をし終わると死ぬ、そこで文字色は変化していく。

 

だけど5人の証言者のうち2人の男子は別グループで、女子を交えたグループよりも後日に同じ場所を訪れたことが分かってくる。別グループ二人はなぜ呼ばれたのだろうか?

女子が呪いにかかったこととこの二人は関係がないのだから呪いに呼ばれる道理はないが、まあそれは遺体発見の件を伝えるため、物語を膨らませる都合か。

 

それと「口は災いの元」の文脈で語られる、呪いの木→呪われた木については、ことわざの使い方が違う。伝聞で意味が木の意味合いが変わり、その結果禍々しいことが起きたからといって「口は災いの元」とは言わない。無理がある。だが奇妙なタイトルと最後のアンケートの仕掛けのため、そこは無理矢理に結びつけたか。

 

 

友達、仲間だと思ってた人から裏切られる。身勝手さに振り回されて、自分を都合よく扱われて傷つく。若い時はそういうこともありがちだ。異性が絡むと余計に厄介だ。友人関係がそれ以降もしっくりいくわけがないのだ。この話は相手の気持ちを考えず軽々しく行動する者への報復と、そのしっぺ返しの物語だ。思惑通りに相手が行動せず、結果的に一番大事な相手に呪いが向いてしまう上、呪い返されてしまう。だがその大事な相手も元はと言えば傷つけて振り回した元凶であり、呪いたかった相手と同罪だ。

 

映画はそれぞれのキャラクターの心理や言動を描き分けるのだろう。そして肝試しに行く緊張感と高揚、夜の闇、墓地、大きな木にまつわる恐怖の空気を描くのだろうか。

身勝手で浅はかな子たち、映画はそういった人間関係の過去場面も入れるだろうか。それでも映画一本に内容は満たないと思うが、恐怖のシーンを長く描き時間を稼ぐのだろう。

 
この本を読みながら、学生時代に鎌倉にあるお化けトンネルと言われていた小坪トンネルに真夜中に車で友だちと肝試しで行ったことを思い出した。このトンネルは当時いろんな怪談が囁かれていた。上下線別々のトンネルで、それぞれを通ってみた。ただのトンネル、何も起きなかった。むしろ途中で通った切り通しの雰囲気が怖かったのを覚えている。
その時は何も起きるわけがないという強気な気持ちと、もし何か起きたらとゾワゾワする気持ち、両方味わった。何もなくてほっとするのと、そうだよなぁという虚脱感。
だからこの小説で、純粋に肝試しだと思って行った人の気持ちは分かる。ついでに、肝試しを口実にした人の、深く傷つき許せなかった気持ちもわかる。口は災い、呪いというよりも、若さゆえの愚かな行動の物語でもある。

中島京子の「小さなおうち」「夢見る帝国図書館」の感想を書いたら、この2作と並ぶ代表作にも触れずにはおれないだろう。という気持ちでの「長いお別れ」である。

 

タイトルは英語で認知症を『long goodbye』と表現するところから。レイモンド・チャンドラーの長編タイトルで知られる言葉が、このような使われ方をしているという事をこの作品で初めて知った。その人がそれまでのその人からゆっくりと遠ざかっていく。近しい人との関係も、長い時間かけてお別れしていくことになる。だから『長いお別れ』だ。

 

この作品を読む度に、何とも言えない切なさと温かい気持ちに満たされる。私は先に映画を見たが、映画は映画でとても良かった。だが人物の思いを噛み締めながら読み、じっくりと受け止めながら考えられる読書は格別だと感じる。この作品には人と人が通い合うことの素敵さがたくさん詰まっている。

 

 

中学校の校長を務め、その後図書館長も務めた東昇平に認知症の症状があらわれた。妻の曜子が物忘れ外来を受診させて、初期のアルツハイマー型認知症と診断がつく。

そこから10年かけて、昇平の記憶は薄れていき、体も脳も弱っていく。それは誰しも通るかもしれない道で、それを思うとこわい。だけど決してこの話は暗くならない。

 

昇平は元は結構いかめしいところもあったようだが、認知症になったら無自覚にとぼけたところが出てきて憎めないおじいさんだ。人となりが変わっていくのはそりゃあ寂しく悲しいことだけど、会話が成立しにくくても頓珍漢でも、昇平の言葉はユーモラスで和む。

そして曜子は悲観的になるより、日々一生懸命で前向きだ。3人の娘たちも、それぞれの生活がある中で両親のことは気にかけて、できる範囲で両親を支えていく。

 

週2回デイサービスに通ったり、夫の都合でアメリカにいる次女のところを訪ねたりと、初期はまだいろんなことをして過ごせている。だがどこにいても突然「帰る」と言い出したり「やだ!」と理由なく拒んだり、目を離すと一人でどこかに行ってしまったり、周囲を困らせる。それでもいろいろな福祉サービスの手を借りることはできるのだと、知識のない人も一端を知ることができる。

 

 

だが進行を遅くする薬を飲んでいても、昇平の病状は進む。だんだん知能も衰え、言葉もあやふやで通じにくくなり、体調も落ちていく。そして老老介護の危うさもある。

夜もゆっくり眠れず多忙な介護の無理が祟り、曜子は網膜剥離になってしまう。手術と入院で家を空ければ昇平のケアができない。気を揉むが娘たちの協力でどうにかしのぐ。

曜子が入院し、妻が誰なのかも分からなくなっているのに、妻の不在に心もとなさそうな昇平に胸がきゅっとなる。夜中に曜子の体に触れることもあるという昇平。隣の空のベッドまで手足を伸ばして眠る様子、もうこれは赤ちゃんのようではないか。誰なのかわからないけどいつもそばにいる存在というのが分かるんだろうし、いないと不安なのだろう。

 

だが昇平も原因不明の高熱が出て、曜子と同じ病院に入院してしまう。術後に医者の許可を得て曜子が昇平の病室に会いに行くと、昇平がいつもの感じで反応する。顔を見てぱっと笑顔になり、右手で「よっ」と敬礼。読んでいて曜子の嬉しさや安堵、満たされる思いが伝わってくる。昇平の人柄やそれまでの夫婦の関係性も感じられる、大好きな場面だ。これまでの二人の関係性が消えてしまったわけではないのだ。発症後も曜子が変わらず昇平に働きかけ、世話してきたからというのもあるだろう。

 

だからと言って、曜子の孤軍奮闘を賛美して、介護はやっぱり家族による介護が一番、なんてことは言いたくない。四六時中神経が休まらず、肉体的にも負担が大きく、リラックスする時間も持てない。そんなケアは当人にもケアする人にとっても負担になる。だからこそ福祉制度があるのだが、今の制度は必要な人に伝わりにくい部分もある。情報をこちらが求めていかないと得られないのは、何とかならないのだろうか。

 

 

曜子の入院で実家に集合した娘たちは、ケアマネと相談しながら両親の退院後の体制を整えていく。待機人数がありすぐには無理でも老人ホームに入れるのを想定し、見学に行ったりもする。自分抜きでそうした相談が進むことに曜子は憤慨し、退院したら前のように昇平の面倒は自分がみると言い張るが、それはもう現実的ではない。

昇平は足の骨を骨折し、それが発熱の原因になったが、リハビリを理解できないし熱が下がったら退院しなくてはならず、ここから先は寝たきりになる。それまでも訪問入浴やデイケア、訪問診療などを段階を踏んで取り入れてきたけれど、そういう段階も過ぎてしまったのだ。曜子一人が担うのではもう回らない。

 

 

だが、結局そうしたプランは全て必要はなくなってしまう。

曜子と昇平は同じ日に退院し、自宅に戻ることができた。昇平はリビングに置かれた介護ベッドの上で1週間過ごしたが、大晦日の前日に再び発熱して入院。そのまま病院で昇平は大晦日の朝に息を引き取った。

亡くなる前夜、様子に変化がなさそうだし家に曜子を帰して休ませようかと、看護士に娘が相談すると、今夜はできるなら泊まった方がいいと言われる。それで察するものがある。いつどうなるかわからないのだ。その先、息を引き取るところは直接は描かれない。

 

アメリカにいる昇平の孫息子が新年早々(アメリカは元旦だけ休み)校長に呼ばれ、何でもいいからきみの話をしてと言われ、日本にいる祖父が亡くなったことが語られる。最期の様子も母親から聞いたこととして語る。だから遺族の悲嘆や葬儀などは想像に留まる。きっと曜子と娘たちは、泣き笑いしながら在りし日の昇平を忍んだことだろう。

ずっと子供や学校が大好きだった昇平のことを、遠く離れた場所で孫が思い返し、昇平と同じ立場の中学の校長が受け止めるという構図。実に巧みだし、リアルに描くより抑制的表現で昇平の死を描いたことで、物語に入り込んでいた読者もそこまで衝撃を受けずに済む。

 

昇平の校長時代は、アメリカの校長みたいには生徒に対してフランクではなかったと思う。でも孫息子が日本に来た時、昇平はデイケアでやった漢字テストで孫のリスペクトを勝ち取った。身につけた教養や関心はその時まだ昇平の中に残っていたし、異国で生活し漢字に不安を覚えていた孫息子は、じいちゃんの人としての深みに触れた。そのことが多少なりとも影響を与えたかは分からないが、彼は昇平のことをきっとずっと覚えているだろう。

 

 

認知症になっても、その人らしさはどこかに残るのだ。言葉も記憶も知性のほとんども失われても、二人の間に確かに存在していた何かにより、昇平は曜子とコミュケーションを保っていた。その何かは、平たく言えば『絆』とか『親愛』だろうか。言葉にしなくても通い合うのは長年一緒にいるからで、記憶が消えても長い間積み重ねた通じ合う何かは消えない。

 

そして忘れていくことで、別の人に変わってしまうわけでもない。本を愛した昇平は、読めなくてもベッドの上で本を広げて眺めていた。(やれやれ)(参ったね)的な気持ちを以前と変わらず表情で曜子に伝える。そんな昇平らしさがあるから、そして二人の間にずっとあるものが失われていないから、曜子の中では自分が忘れられてしまったことなど『それが何か?』なのだ。まこと天晴れだと思う。

 

 

 

中島京子による図書館小説。そして一人の女性の人生を描いた物語でもある。

作者本人を思わせる『わたし』が語り手の、喜和子という女性についてのパートと、章ごとに挟み込まれた「夢見る帝国図書館」というオムニバス小説が交互に出てくる構成。全く関係がない二つの話のようで、喜和子の語る話と図書館の物話は内容がシンクロしている。

 

 

フリーライターの『わたし』は春先に仕事で上野に行った際、公園で喜和子というシニア女性と出会う。端布をつぎはぎしたコート、頭陀袋のようなスカート、白髪のショートヘアという個性的な見た目で、突然ベンチの隣に座ってきた喜和子は、初対面なのに知り合いのような気やすさで接してくる。上野に仕事のため図書館に来たことを話すと喜和子は反応し、『わたし』は誰にも打ち明けず小説を書いていることを、なぜか喜和子には話してしまう。

 

夏に再び上野に行くとまたもや喜和子に遭遇し、半ば強引に自宅に誘われる。

根津の方にある細い路地の、そのまた奥の路地に建つ間口の狭い木造二階建て。昭和初期に建てられた家は、すごく狭くて本がたくさんある魅力的な空間だった。

無邪気であっけらかんとして強引な喜和子に驚きながらも、二人は友達になる。電話がない喜和子とは偶然会うか直接家まで行くか、ハガキを送って約束するしかない。二人で散歩したり、家で冷や汁をご馳走されたり、銭湯や植物園に行ったり楽しそうだ。

 

喜和子は「わたし」に、自分の代わりに上野の図書館の物語を書いてほしいと頼む。図書館が語る図書館の歴史の物語で、タイトルも「夢見る帝国図書館」に決まっているという。それは喜和子が幼少期に一緒に暮らしたお兄さんが書いていて、喜和子に語ってくれた物語だった。

喜和子は小さい頃、上野のバラックで若い男性二人と暮らしていた時期があった。背の高い方のお兄さんが本好きで、喜和子は背中の背嚢にすっぽりと入って一緒に上野の図書館に通ったという。小説を書いていたのもこのお兄さんだ。どんな人も受け入れる懐の深いのが上野だと言う喜和子は、戦争孤児だったのだろうか。

 

『わたし』は喜和子の元カレの老紳士とも面識ができる。この元大学の先生の登場で、喜和子の断片的な過去が見えてくる。17、8年前に東京に出てきて、広小路の小料理屋で働いていた時に先生に見初められ、借りてくれた部屋に囲われて仕事も弁当屋さんに変えた。4年ほど付き合ったが破局して今の家に引っ越した。

喜和子は生まれも育ちも東京だと思いきや、バラックで暮らした時期は東京にいたが、親が迎えに来てその後はずっと九州で暮らしたという。喜和子は子供の頃のことはあまり覚えておらず、謎は多い。先生にも全部話していたわけではなさそうだ。

 

 

『わたし』は仕事の都合で定期的に上野に行くことがなくなり、喜和子と会う回数が減る。やがて小説家になり、パートナーもできて生活が変わり、そのうちと思いながら喜和子とは疎遠になっていく。そして東日本大震災を経て、2年ぶりに喜和子の家を訪ねるとそこは更地になっていて跡形もなかった。家もろとも無くなってしまった無惨さを感じる。

 

『わたし』は喜和子を見失ってしまった。年賀状に返信しなかったことに悔いが残る。このパートの心許なさと喪失感は、読んでいてしっかり共有できてしまう。こういうこと、大概の人に心当たりがあるのではないか。いつかはと思いながら連絡をさぼり、そのうち関係が途切れてしまい、そこで縁が切れて時折その人を思い出す程度になってしまう。

 

だが元カレの先生が市民講座に講師で出ると知り、そこで喜和子の消息を知ることができた。喜和子は体を壊して入院したのを機に、有料老人ホームに入っていた。訪ねていくと思いの外元気で、図書館の話を書くのはお任せしたいとか、死んだら灰は海にでも撒いてほしいと思わぬことを言う。

 

ここで突然喜和子の娘という人物が登場してきて、とても驚く。考えれば不思議ではないが、家族がいたのだ。でも喜和子と娘の関係は相当こじれていた。

夫は地元で名のある人物だったが、喜和子は嫁として窮屈で差別的な生活を長年強いられ、娘の大学進学を機に誰にも言わず家を飛び出した。夫は決して離婚を認めず、夫の死後喜和子に渡った遺産は雀の涙だった。施設の入居時に身内の身元引受人が必要で、勝手に自分の名前を使われたと激昂する娘の前で、喜和子は身を小さくして黙るだけでらしくない。

 

 

そして物語の真ん中辺りで喜和子は亡くなってしまう。これは読んでいて結構な驚きだった。『わたし』は密葬後に施設の人からの連絡で知り、お別れができなかった虚しさや喪失感、もう少し何かできたのではという後悔がわく。理由をつけて後回しにして失ってしまう、こういう時の後ろめたさと何ともいえぬやるせなさが伝わってくる。

 

メインの人物が不在となり、物語の残り半分どうなるかと思うが、ここから新たな証言者が現れて喜和子の人生が紐解かれていく。

『わたし』に喜和子の孫娘からSNSのダイレクトメッセージが届く。

孫娘は喜和子にシンパシーを寄せており、生前2度しか会ったことはないが、家庭の息苦しさや母親から聞いた祖父の人柄から家を出た理由は察するものがあったという。孫娘もまた高校で家を出て、東北の全寮制の学校に進んだ。

孫娘が加わることで、『お兄さん』の素性や喜和子が覚えていない幼少期や婚家での事情などがだんだん分かってくる。この辺りは物語ならばこそだが、女性の人権が裏テーマなのだと察すれば、そこを描かずしてどうするということでもある。

 

喜和子は戦時中に東京で生まれ、出生が記された戸籍は空襲で燃えてしまった。戦後に母親が亡き夫の弟と再婚することになり、喜和子は北関東の親戚に預けられた。だがそこを逃げ出して上野でお兄さんに拾われバラックで暮らした。母親が必死に探し出して九州に連れ帰ったが、上野での生活は母親には黒歴史扱いされた。性的虐待を疑われそうで、母親としては触れたくなかったのだろう。だがお兄さんは優しくて、喜和子は恐らく嫌な思いをしたことなど一度もなかっただろうし、人生で一番幸福な時間を過ごしたのだと思う。

 

しかし九州での生活に馴染めず、その上婚家ではモラハラや差別的扱いを受けた。家族に(娘でさえも)喜和子の味方はおらず、喜和子の自我は押し潰された。娘が大学進学したのを機に逃げ出して、辿り着いたのが幼い頃過ごした上野エリアだった。喜和子の自由で突き抜けたキャラクターは東京に来てからのもので、上京したばかりの喜和子は地味で目立たなかったという。過去の喜和子の萎縮ぶりを想像するに、胸が軋むようだ。

喜和子への婚家の扱いがあまりに酷くて前時代的で、現実でもこんな境遇の人がいたかもしれないと思うと、理不尽さに腹が立つ。地方に若い女性が少なくなっていくのも無理はない。母親世代がされた仕打ちを見てきて、大人になる前に都会に逃げ出すのだ。

 

 

喜和子に対して頑なだった娘が、亡き母を多少なりとも受け入れたのか、物語の終盤に散骨をして喜和子の最後の願いを叶える。母の元を早くに離れた喜和子の孫娘が、思いを伝えて母の背中を押したのがとてもいい。母親に捨てられたと感じ、娘も早くに離れていき、喜和子の娘もまた誰にも尊重されないと苦しんできたのだろう。

生きている間にもう少しお互いを尊重できていればとほろ苦さもあるが、肉親同士の難しさもあって簡単でないのも分かる。それでも夕暮れの海の場面は清々しく、喜和子の人生は浄化されて、散骨は先生の言う「祝祭」となった。

 

 

喜和子がずっと探していた「としょかんのこじ」という本は、小学校の図書室にあったのだが、母親の差金で2度と読むことができなかったという。国会図書館で『わたし』が閲覧した内容は、喜和子が話した図書館の思い出や「夢見る帝国図書館」の内容に重なり、書いたのはどう考えても『お兄さん』としか思えないが、筆者はすでに亡くなっている。

 

そして喜和子が書き残した上野の思い出の雑文と共に残されていた古いハガキには、なぞなぞとして数字を羅列したものが書かれていた。差出人の男性は『お兄さん』だろうけど、喜和子の母親に忌避されていたから、それきり交流が絶えてしまったのも想像がつく。暗号を解くとそれは「いつか図書館で会おう」と読み取れる。喜和子にとって上野の図書館はずっと特別な場所だったのだろう。元は帝国図書館だった国際子ども図書館の建物に、喜和子はなかなか入らなかったことに、逆に喜和子の思い入れを感じる。

 

 

「お兄さん」が考えた「夢見る帝国図書館」を小説にしてほしいと頼まれた時、「わたし」は一度は断った。だがお兄さんが語った内容に重なる「としょかんのこじ」や、喜和子が書いた雑文、大切に取ってあったハガキなど、喜和子が終生大事にしていたものを思えば書かずに済ませるわけにはいかない。それは喜和子の供養にもなる。

 

「夢見る帝国図書館」は国立国会図書館の前身であった上野の帝国図書館の話だ。

明治時代の帝国図書館の成り立ちや、政府に対し何とか立派な図書館を作らせようとする人たちの奮闘記。そして明治から昭和へと時代が変わり、きな臭い空気になっていく中、図書館や動物園が苦難の歴史を辿り、戦後を迎えた所まで描かれる。

図書館の価値を認めさせ、蔵書を増やすよう働きかけ、もっと広い立派な建物でと働きかけた先達たちの苦労を偲びたい。図書館を利用できること、自由に読みたい本が読めることがどれほどありがたいことか、改めて思わされる。

 

あるいは図書館を拠り所にしていた文学者たちのこと。文豪たちが若かりし頃に帝国図書館で青春の時を過ごし、今以上に立場が弱かった女性も図書館に来て知識欲を満たすことができた。貧しい樋口一葉に図書館がひとしお心を寄せたり、宮沢賢治が親友と今生の別れを帝国図書館でするのは、創作とはいえ文学者たちの人間味を身近に感じられる。

 

そして戦後にGHQのべアテ・シロタさんが訪れ、憲法起草に際し資料を借りる。ベアテさんが男女平等の条文を起草して、日本国憲法に人権条項が盛り込まれたことは現実だ。この章は『わたし』が考えたものだろう。女性蔑視に晒された喜和子の人生への『わたし』の思いが強く反映されていると感じる。

 

 

「としょかんのこじ」の最後に付記された『お兄さん』の書いた詩は、「真理がわれらを自由にするところ」で終わる。この一文は図書館使命の理念として国会図書館のホールにも刻まれており、現実とリンクすることで物語を一際深めて感動的だ。

図書館には人間の膨大な知識や想像力が詰まっている。誰もが自由に想像の翼を広げたり、

知識欲を満たせる。図書館こそは自由と平等の砦だろう。

 

ラストは帝国図書館が喜和子の特別な場所になった場面で終わる。最後に振り出しに戻るようで、余韻と共に読み返したくなる。