幻想交響世界エクスマキナ Ep.10-4 魂の記憶 Memento Mori | 幽玲の妄想ふぁんたじあ

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Part 4/4


 やがてナブラスまで歩いて行ける程度の距離に到達し、シュヴァリエを隠すことができるほどの遺跡を発見した。グロウシス達が≪ロア・アルシス≫と呼んで差別していた人々が生活を送っていたという石造りの遺跡。その大部分は砂に埋もれてしまっており、屋根のある建物もわずかしかない。その数少ない建物の中にシュヴァリエを隠し、三人はコクピットから降りた。

 近いとは言っても砂漠を舐めてはならない。天候によっては昼間の気温が50度を超える場合もある。何の準備も無しに進めば干からびてそれまでだ。コクピットに積んだ水などを降ろし、準備を整える。



 ……たす……て……



 声――ステラは確かに耳にした。誰か女の声だ。

「ステラ、今何か言った?」

「いや、何も言っていないが?」

 それならば誰の声なのか。3人がいる建物は、一面の床に砂が入り込んだ倉庫らしきものの跡であるが、3人の他には誰もいない。



 ……このこだけは……



 まただ。今度は先程よりもはっきりと聞こえた。

「誰!? 誰かいるのっ!?」

 クラウは声のした方向へと向かって歩き出した。

「おい、勝手に1人で行くな!」

 レイが制止したが、その言葉は耳に入らず、ただ声のした方向へと向かって歩いていく。行き着いた先は壁だった。しかし、確かに壁の向こうから声がした。壁の向こうで誰かが助けを呼んでいる。

 その壁には何か彫られている。人の眼をモチーフとしたであろう幾何学的な紋様だ。ステラは無意識にその紋様に手を当てた。すると、まるでそれに応えるかのように紋様が光り輝き出した。光は筋を辿るように伸び、人が1人通れる程度の大きさの長方形を形作ると空気に溶けるようにして目の前の壁が消えた。その先に現れたのは、地下へと伸びる真っ暗な階段であった。簡素な石造りの地上建物とは異なり、何かの金属で造られている。

「何なの、これ?」レイと共にクラウのもとへ来たステラが言った。

「分からない……けど、誰かが呼んでる」そう言って、クラウは光の差し込まない階段へと踏み入れた。

「待て!」レイの言葉を無視し、クラウはどんどんと階段を下りていく。「……仕方ない、俺達も行くぞ」

 シュヴァリエに積まれていた発炎筒の灯りを頼りに階段を下りていく。5分くらい下った頃、ようやく通路に出た。発炎筒の限られた灯りに照らされた部分に、所々蜘蛛の巣や徘徊する虫の姿が横切る。どうやら人が現在使用している形跡はない。しかし、3人はあることに気付いた。

「これは……牢獄なのか?」ステラが言った。

 通路の両側に太い鉄格子がずらっと並んでいる。ラグナロク時代に使われていた牢獄なのだろうか。クラウは、ステラが照らした鉄格子の向こうを見て口を覆った。白骨だ。そのまま朽ち果てたであろう人の骨。それに虫が集(たか)っている。



 ……ころし……くれ……



 ステラにだけ再び声が聞こえた。今度は男の声だ。牢獄の中ではない。もっと通路の奥から聞こえてきた。この先で誰かが生きて囚われている。鉄格子に挟まれた通路の奥に扉が見えた。ステラは走り寄り、錆びついてギシギシと唸るその扉を開いた。

 扉の向こうも灯りはなく、漆黒の闇が広がっていた。3人が慎重に歩みを進めていく。すると、人の入ることができる程度の大きさの透明な円柱があることに気付いた。その根元にはパネルのようなものがあり、そこに入口の壁にあったものと同じ紋様を見つけた。

 クラウがそっとその紋様に手を当てた。すると、紋様が強く光り輝き始め、漆黒の闇を侵食するようにして天井の照明が灯った。目の前に現れたのは広い円形の空間であり、3人はその中心に立っていた。

「驚いたな。まだシステムは生きてんのか」

「……おい、気付いているか?」ステラが小声でレイに言った。

「あぁ」

 レイとステラは気付いていた。ずっと3人の後をつける者が1人いることに。2人がその対処について話そうとした瞬間、異変は起きた。

 部屋全体が徐々に緑色をした光に包まれていく。



 たすけて

 もうじゅうぶんだ

 ころしてくれ

 かみよ

 このこだけはどうか



 多くの人のかすれた苦痛の声が部屋中に響き始めた。断末魔の叫びのようなものも聞こえる。

「何だ、この声はっ!?」ステラが言った。

 これはただの光ではない。アニマだ。アニマが可視状態に至るまで高濃度に圧縮され、オーロラのように部屋全体を包んでいる。そして、この部屋のアニマに溶け込んだ死者の意識が、アニマを持たないレイとステラに聞こえる程度にまで具現化されている。

「これは魔物化が起きるくらいの濃度だ! これ以上ここにいるのはマズい!」レイが叫んだその時――

「いやぁぁぁっ!」

 クラウが頭を抱えて叫び始めた。

「しっかりしろ! クラウ!」

「わたしの中に入ってこないでっ!」

 しかし、クラウの両肩を掴んだレイの声は届かず、クラウは叫び続ける。すると、ふとクラウの意識が飛び、力なくレイの胸にもたれた。

「クラウ! クラウっ――」


 帰投したカリーナは、真っ先にヴリトラのブリッジへと向かった。艦長席には、1人の男が座っている。サイズの大きい制服の胸元を広く開け、その胸元からはたくましい胸毛が見える。制服の袖をたくし上げた腕に生える剛毛に、口元はたくましい髭。その男臭い姿は、元・傭兵らしいといえばそうだ。

「≪キャプテン≫、申し訳ありません。3人の部下とシリウスを失ってしまいました」

「≪翡翠の戦乙女≫と交戦したと聞いた。お前達が帰ってこられただけでも幸運だ」

「撃墜を指示した私の責任です。どの様な処分も受け入れます」

「そう言うな。お前の判断が間違っていたとまでは言えん」ヴリトラの艦長メーメット・エッサーの口調は、カリーナを咎めるようなものではなかった。「俺達はまだ作戦の途中だ。もうすぐナブラスにも到着する。責任を感じているなら、この作戦をやりきってみせろ。それがあいつらへの弔いにもなる」

「ハッ」

 カリーナは敬礼し、シリウスの整備を手伝う為にブリッジを出た。そして、その扉の前でふと立ち止まると、首から下げたネックレスを胸元から取り出し、その小さなチャームを掌の中で眺めた。

 キャプテンはまだ自分に期待してくれている。この期待を裏切ることだけはしてはならない。それは、2人で≪あの約束≫をした日から変わらないカリーナの決意であった。



次回  Ep・11 反乱者 Vera Arther