$youngvegetable-Ellie

随分ブログを書かずにいたなあ…。ブログも日記も、何度も試みるけど、全く続かないなあ。

アメーバでブログを持って、気がついたら書くのを忘れ、久々に書いているのはもう9月も後半です。ロサンゼルスは「夏はどこじゃ~」と言っている間に、夏の陽気は無いまま過ぎていった。季節感がないとはいえ、真夏の陽気よりは「秋」といった風が吹く今日このごろ。

でも、私の「夏」はアツかった。
5月から8月までは、かなり良い仕事をさせてもらい、9月に入ってからは、念願のカリフォルニアオーシャンでボディーボードデビュー!サーファーがさっそうとボードにまたがる中、あたふたと波際で溺れるワタシ。格好悪いけども、海の中はやはりかなり楽しい。

「今年こそ海に入る」という目標を一応達成したぞ。

アウトドア派ではない私には、かなりの年月ぶりに自然と体当たり、といった感じ。海に入る人、山へ登る人、みんな感じることでしょうが、自然の力の前には人間は小さいもんです。

波に乗れれば、その力と一体となる新しい感覚に感動し、波に溺れれば、ただただなすがまま。

自分ではどうしようもないので、おとなしくもまれます。少しでも、怖いと思えば、身体は前に進まず、海と一体になることを思えば、身体も動く。

これから、冬にかけて波が高くなるそうですが、ワタシにはまだまだ、シュワワワ~となった浜辺の波が丁度よいですよ。

今週末は、友達とサーフィンキャンプへ行く予定。おおっ!私とは思えぬ、このアウトドア企画。

でびゅ~。
小学校低学年のころ、何ヶ月かに1度「かなじませんせい」に会いに行っていた。「なかじませんせい」の家は私の家から2時間近く電車を乗り継いだ先の、タクシーに乗った先の、さらに坂道を上がったところにあって、私たちが訪れると、いつもとてもにこやかに出迎えてくださった。初めて「なかじませんせい」のお家で「なかじませんせい」に「将来は何になりたいの?」と聞かれ「漫画家になりたいんです」と答えた私に「それは、ずばらしい。是非、描いたら読ませてください」と言ってくださった先生。毎回30分くらいお話をするのだったが、その後年々かに渡って、何ヶ月かに1度会いに訪れる私に、「漫画を描いていますか」と聞いてくださった。私は結局「なかじませんせい」がどのような人なのか知らなかった。私が知っているのは、沢山の人が会いに来ている、ということだけで、それ以外に社会的にどのような人なのかは、知らないままだった。でも、私は「なかじませんせい」を訪れるのは楽しみだったし(その度に、おいしいうどん屋さんによってご飯を食べていたから)、優しい「なかじませんせい」を訪れるのが嫌であるはずがなかった。結局、高校を卒業するくらいまで、回数は減ったものの「なかじませんせい」に会いに行っていたと思う。その後、何年か後に、父親から「なかじませんせいは遠くにいかれた。仙人になられるんだ」と聞いた。なかじませんせい、私は結局漫画家にはなっていませんが、今会って話しをしても、にこやかに話しをきいてくれるでしょうか。
「死ぬ」ということを初めて意識したのは、小学校1年生か2年生くらいの時におばあちゃんの家で見たテレビの人形劇の「蜘蛛の糸」だった。夜2階に上がって、布団に入ってから、主人公が蜘蛛の糸を必死になって登っていく画面が頭から離れなくて、「お母さんもいつか死んで、無くなってしまうんだ」と思った。「死」が、実際に触っているように存在感のあるものに感じられて、目には見えていないけど、その存在が自分の肌に触っているような感じがした。主人公が蜘蛛の糸に必死でしがみついているのを思い出すと、切ない気持ちになった。「お母さんが、あんな風に必死に蜘蛛の糸を登るところは見たくない」と思った。でも、お母さんも、いつかあんな風に蜘蛛の糸にしがみつくのかな、と思うとますます切なくなった。寂しくなってきて、1階にいるお母さんとおばあちゃんのところへ行こうかと思ったけど、全く身体が動かず、そのまま「必死に蜘蛛の糸にしがみつくお母さん」を想像していた。少し経ってから、お母さんが2階へ上がってくる足音が聞こえて、部屋に入ってきて「まだ起きてんの」と言った。私はお母さんを見上げながら、「お母さんは、やっぱりいるじゃん」と安心しながら、「お母さん、必死に蜘蛛の糸にしがみつかないでね」と心の中で思っていた。そして、「可能ならば、お母さんの代わりに私が蜘蛛の糸にしがみついてあげたい」と切実に思った。なんとかして、お母さんの代わりになりたいと思ったけど、実際どうしたら良いかは分からなかったので、お母さんが布団に入って寝てしまった後も、私は1人で行き場の無いまま落ち着かない夜を過ごした。