書くような内容じゃないな、今回は。
けど、ちょい前からある男の音楽に惚れまして♪
いやいや、元い。
んで、それとほぼ同時期に、
たまたま某大学の法学部の教授と話す機会がありました。
というか、その人が誰で何者なのか僕は最初知らず、
20も年上の同志でもあるおじさんから飲みに誘われてみたら、
そのおじさんの友人であるその方が居た、みたいな感じ。
まさかそんな話で盛り上がるとも思ってなかったけど、
裁判員制度が始まる年に引っ掛けて。
5年後に自分が昔何を考えていたかを楽しむ為にも、書いてみようかと。
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1~2年程前、僕はこれまで日本で起こった、
記録に残っている殺人事件に関する本を読み漁っていた時期があった。
とかそのまま書くとかなり危ない奴だな。
いやね、前に書いた戦争映画の話 のように、
人間の闇に目を向けることが、どうも苦手じゃないみたいで。
(もちろん自分が感じた何かを人に押し付けることはしませんし、
今回の話もそう。興味があればお読み下さいってなスタンスです。)
その間は、親族同士の争いや金銭トラブルから発展した殺人事件、
様々な思想・宗教対立から起きた殺人事件、
快楽犯等によく見受けられる猟奇的事件まで、
事件の記録となる目を覆いたくなるような記事はもちろん、
警察、検察、司法、被害者、加害者、またはその親族、刑務所で働く人達、
色々な立場からの視点を持てるように、記事や本を選んでいた。
というか、そういう視点を持たないと、
例えば犯罪者が書いた本やその主張だけに目を向けると、
気が狂いそうになることも多々あったからでもある。
さてさて。
じゃあ何でそうまでして読んでいたかというと、
僕が今刑法について、時間は少なくとも学んでいる事はたいして関係なく、
僕というただ1つの意見を持つにしても、
「極刑」つまり死刑について考えるなら最低必要な気がしたからです。
んでその教授、刑法学者だと。
またね、話し方も素敵な人というか「じゃあ一緒に考えてみようか」的なノリで、
上手く僕の意見が引き出されたんだこれが。
ちなみにここからは、話を解りやすくするためにも、
その時の話も含め語弊を恐れずストレートに書こうかと。
一応、この話はもの凄くデリケートなテーマにつき、
何度も見直したりかなり時間を掛けたつもりです。
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人間社会について考える時、どんなに裕福な国だとしても、
誰もが障害なく、裕福で幸せに暮らせるわけではない。
時にはそこから発生するような妬み、恨み、憎しみ、
快楽犯を除けば、ある意味では人間らしいとも言える感情から犯罪は生まれる。
表裏一体。
この言葉に集約されるんじゃないかと。
純粋に自分や周りの幸せを願い、犯罪とは無縁で平和に生きていると、
裏の社会を「ルールを守らない人が悪い」と(無論その通り)、
無かったものや、存在する事自体を有り得ないものにしたがるけど、
裏があるのは事実だし、その裏側があるのは表の社会があるからだとも。
表裏一体。犯罪が在る事について、
決して悪を擁護するわけじゃなく、僕は今そう思っている。
その価値観を共有したうえで、話はスタート。
(犯罪の内容や予防についてではなく刑罰(特に極刑)についてが焦点となる)
教授
「現在世界198ヶ国で死刑制度が存在するのは約半分。
逆に言えば死刑制度を維持している国も半数ある。
(内、死刑維持でも10年以上執行されてない国は1/3)
この数字からも見て取れるように、
倫理、文化、哲学、宗教的な問題が複雑に絡む非常に難しい問題だよね。」
ぺヤング
「いや~色んなものを知れば知るほど解らなくなるんですけどね。
ただ、単純に1つ思うことがあるんですが、
何故日本で終身刑について議論されないのか疑問に感じることはあるんですよ。
こういう発言をすれば人権派だとか位置されるけど、全くそういう意味じゃなく、
例えば「死にたいからやりました」と自暴自棄になって犯罪を犯し、
しかも「判決は死刑を望みます」と開き直る犯罪者が、歴史を見ても確実にいる。
いや、もちろんこれは被害者やその遺族の感情を一先ず別にして、
(実際に判決を出す時には被害者遺族の感情を抜きに出来ない、と前提した上で)
終身刑の制定について、という視点で考えた時の話。
被害者やその遺族、また一般の僕達にとっても、
上記の例のような犯罪者の動機や精神構造は理解不能で許しがたく、
=排除(死刑)という発想が生まれやすい(もしくはそこが妥協点となる)けど、
自分の命すら顧みない価値観の犯罪者に死刑を言い渡すことは、
結果的に希望通りの判決を与えてしまい「罰」になるのだろうかと。
加えるなら、上と趣旨は違うけど死刑と無期懲役の差はやはりあり過ぎるかなと。」
教授
「なるほどね。
そういう犯罪者にとっての罰は死ぬまで生き続けることの方がより極刑で、
さらに極端に表現するなら死は逃げでもある、とね。
では私もその話を発展させて。
凶悪事件の犯罪者に対する死刑の法的根拠として、応報的な面の他に、
これから犯罪を予定する者に対する威嚇(次なる犯罪の抑止効果)と、
再び害悪が生じないようにする為の一般社会からの犯罪者の排除、
いう面がある。それは終身刑でも可能だと思う?」
ぺヤング
「終身刑ですから一般社会からの排除は可能ですよね。
あと個人的には、死刑が適応されるような事件を見る限り、
死刑があるからといってそれに抑止効果があるとは思えないんですよ。
犯罪の瞬間、若しくは予定を立てた時に死刑を考えているのか。
いや、そういう罪を犯す人間はそこに目は無いと思うんです。
逆に聞きたいけど、その辺はどうなんですか?」
教授
「統計上の数字だけに目を向けると、確かに抑止効果があるとは言えない。
例えば死刑が廃止された国での廃止前、廃止後を比較すると、
廃止後に犯罪が増加、凶悪化した国はこれまでにないんだよね。
とか、例えばアメリカでは、死刑制度のある州の方が無い州に比べて、
凶悪犯罪の発生率が統計的には高かったりする。
ただし、学者によって色々な考察があるし、数字だけを見て語れないのは、
元々犯罪発生率が高い州だから死刑制度が存在するとの見方も出来ると思うし、
死刑が廃止された国で、逆に犯罪が減ったという統計があるわけじゃない。」
↓(ここで話がずれたので元に戻って)
ぺヤング
「えーと、「罰」のあり方について話を戻しますが、
日本のように死刑がありながらの、終身刑の制定は難しいんですか?」
教授
「じゃあねぺヤング君。例題を出します。
さっき君が言ったとおり「死刑を望みます」という犯罪者が確かにいる。
では死刑と終身刑がある中で、君が裁判官であった時、
その言葉をどう受け取る可能性があるのか考えてみようか。」
ぺヤング
「・・・。なるほど。さっき正しい罰を与えようとして考えた終身刑が、
犯罪者によっては「死刑を望みます」と主張することによって、
ただ死刑を回避したいが為に使われる可能性がある。ということに?」
教授
「そういう考え方も出来るよね。」
↓(別の話へ)
教授
「これまでに印象深かった事件や、それに関する本とかはあった?」
ぺヤング
「そうですね。色々ありますけど強いて挙げるなら、
やはり永山則夫 (本人の著書、それに対する批判等含め)と、
最近だと文化放送の「死刑執行」ですかね。」※文化放送「死刑執行」
1955年に当時の大阪拘置所所長が刑務官の教育目的で録音したテープを、
AMラジオの文化放送が国民に死刑制度を考えてもらう目的で
放送した特別番組。執行寸前の死刑囚と親族との面会、
刑務官との会話、読経の声など執行までの様子が収録されている。
教授
「うんうん。いい裁判員になれそうじゃない(笑)」
ぺヤング
「いや、マジで勘弁して下さいって・・・(苦笑)。
ってのが、そのまま裁判員制度に対する正直な気持ちかもしれません。」
等々。話は多岐に亘り、
その後も、日本で発生した僕が知らない沢山の事件や永山基準について、
冤罪事件やこれまで教授が会った精神科医との絡み等、
(もちろん、友人(と呼ぶには失礼な)の誘ってくれたおじさんに
1番感謝しているわけですが)
ただの1庶民が、授業料を払わねばならないほど沢山のお話をさせてもらった。
「申し訳ないが話せないことは沢山あるし、
私が言っている話はその辺の本に書いてあるようなことだけさ」
と、僕目線で付き合って話をしてくれる本当に素敵な人だった。
話が長いので書ききれないけど、
日本の死刑制度があまりに秘密主義であること。
被害者遺族への配慮、抑止効果、法律・世論のあり方、どれを考えても、
それが1番の問題であるような印象は、話した後も変わらなかった。
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ちなみに先に述べたとおり、
こんなテーマにつき特に今回は無理にコメントは求めません。
どこぞのおじさんからね、この出会いの少し後に、
「選ばれたんだけどどうすりゃいい?」って連絡あったんですよ。
「いや、何に選ばれたのかは知らないが、
それも言っちゃダメなんじゃなかったっけ?」と(苦笑)。
まぁどこのおじさんか忘れましたけど。
ってことで、自分を含め何かを考えるきっかけにと思いつつ、
書き始めてからというもの、
なんて面倒な記事を書き始めたんだと毎日自分を呪ってました。
さて、レゲエ♪レゲエ♪
今日のおやすみSONG
HOTTER THAN HOT/HAN-KUN















