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ピュア ベジタブル~♪
 自然を感じ 愛を育み 人生を彩るサイト 

7月に入りました。
蒸し暑い日が続きます。

今日は父の誕生日。
生きていたら89歳。

夏の暑さが嫌いで、スイカが大好きな父でした。
やおややスーパーで赤くて美味しそうなスイカを見つけると
思わず買おうと思ってしまいます。

日々の忙しさに月日が経つのがとても早いと感じ、
肌で感じる暑さや寒さ、衣替えで季節を感じるだけになりがちですが、
旬の野菜を見かけると、季節は目で見ることや、味わうことが
いちばん楽しくて、身体も整っていくのだな~と思います。

夏は暑い!と感じるより、室内の寒さに、寒い!と感じることが多いですが、
旬のものをしっかり摂ればきっとそんなにクーラーも要らないのでしょうね。



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        photo by katsuki Matsuura








かつて農業は労働時間や工業労働的価値を問うものではなかった
かつて農業は仕事を現在の仕事と同じような捉え方はしなかった
かつて農業は作物の声や自然が運んでくる心の彩を味わってきた

自然を無理やり人間に合わせようとするようになって
自然を無理やり効率よいものに仕立て上げるようになって
自然を無理やり自然から離して無機質なものに閉じ込めたことによって

人は自然に興味をなくしていった
当たり前にあった自然が当たり前でなくなったとき
初めて人間は自然について再考するようになった

でもそれは、自然を思ってではない
自分たちの現在・未来に危機を覚えたから
過去から学ぶべきことは、人間存続の道ではなく
全体のなかの自分という捉え方

全体があって自分があるということ
部分では生きられないということ


お百姓さんの宇根豊さんのお話しから
そんな想いを感じる
お百姓さんであり、‘農と自然の研究所’の代表をつとめる宇根豊さん。

宇根さんが語る、‘仕事’と‘技術’の違い、‘草とり’と‘除草’の違いを
どのように解釈しようか・・・に心奪われている今日、この頃です。

‘有機農業’という言葉自体が、近代化農業を見据えての言葉のあり方で
‘いのち’を感じられず、無機質さを宇根さんは感じてるのかもしれない…
などと考えています。

有機農業は1970年代以前はただの‘農業’だったのが、近代化政策による‘工業化‘‘効率化’‘発展’‘進歩’‘豊かさ’ものの見方、捉え方が、いつのまにか、‘人’から‘もの’優先の時代へと向かうと、‘自然’と‘人間’の関係も変わってきたのです。

昔は当たり前のように、自然に従って生きてきた人間が、知恵という罠にはまると、中心に人間がいるような錯覚に陥いり続けたため、大切なものを取りこぼしてきました。

今、大切なのは昔に返ることではなく、近代化で取りこぼしてきた心と自然の捉え方を再度見直していくことかもしれません。



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       photo by katsuki Matsuura