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先日、シードマイスター 圃場実習を再受講しました。
ナチュラルシードでは筑波大学大学院とともに土壌環境を研究しています。
今回、自然栽培の土壌について、研究発表をお聞きしました。

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土壌構造で重要視されているのが、排水性、保水性、通気性です。
土壌は団粒構造といって、土壌粒子間にほどよい隙間が必要です。
この隙間が土の質に合った大きさでバランスを保っていることによって
排水性がよく、適度に保水性がよい土壌となります。

ナチュラルシードの圃場は41年間無肥料無農薬、自家採取、連作をしています。
その圃場と慣行圃場と比べた結果報告がありました。

慣行圃場では土壌構造が破壊され、根の伸長を阻害し、水の浸透性も悪い結果がでました。
それに対して
ナチュラルシードの圃場は根の伸長、水の浸透性ともよく、微生物の住処としても適しているとでました。
今後も研究は続くそうで、研究結果に期待したいと思います。


土壌は生態系の基盤です。
私たちが目にしている土壌は、数千年~数万年の年月をかけてできたものです。
これだけの年月をかけてできた土壌を私たちはわずか50年で化学物質を大量にまき汚染し続けています。
土壌が元にもどるまでには、10年から30年かかります。
健康な植物を育てるには、健康な土壌が欠かせません。
人間の都合だけでいいようにしてきた結果、しっぺ返しが健康被害として返ってきています。
今後、多くの人に土壌の大切さを伝える必要があると思います


最近は農業のあり方も変化してきました。
環境保全への取組み強化や2010年名古屋で開かれた生物多様性COP10など。
環境を守りながら持続可能な世界を維持するための提言がなされています。
農政も慣行農法から、農薬化学肥料の低減化を推進し始めました。

現在、慣行栽培が80%に対して有機栽培に属しているのは20%くらい。
そのなかでも有機JASマークをつけている農作物はまだ0.19%くらい。

有機栽培というくくりは結構あいまいな栽培方法が入っていたりします。
自然農法も入っていますが、ある程度農薬化学肥料を使いながら
有機質肥料も使っている場合でも「有機栽培」といえます。
それらの肥料はほとんどが外国から輸入されたもの。
有機肥料といっても何が入っているかわかりません。
鶏糞や牛糞などは、どんな餌を与えたものの糞なのか・・・
ナタネ油粕は遺伝子組み換えの可能性もあります。
肥料の過剰投入も問題になっています。

また、特別栽培で農薬化学肥料の回数を50%減らしたとしても
使っている農薬が強かったりすれば・・・あまり意味ありません。

こうしてみると環境保全への取り組みや土壌汚染を少しでも減らす試みは
あまりなされていないように感じます。

人間にメタボが増えているように地球の大地をメタボにしてしまい、
そんな土からできる作物が果たして私たちの健康を守ってくれるのでしょうか。

人間の腸をキレイにするには時には断食が必要です。
同じように大地を浄化するためには断食が必要です。
肥料など何も入れない無肥料栽培が大地を蘇らせるだけでなく、
それを食べれば私たちの腸もキレイになって免疫力が上がってきます。
本当の無肥料栽培はまだほんのわずかな農家さんしか作っていません。
無肥料・・・といいながらもぼかしを使っていたりすることが多々あります。

究極の土つくりに挑んだ結果が、無肥料栽培の作物となります。
無肥料栽培の野菜は味がしっかりしながら後味がすっきりしています。
野菜本来の味をほとんどの人が知らないでしょう。

野菜本来の味を知ることは、人間本来の生き方に繋がるところがあると思います。
農業は実践哲学です。
人間の生き方そのものが土や農作物やその味に現れます。
無肥料栽培は、人間があれこれと翻弄されずに真っ直ぐに自分の人生を歩んだ
結果のようなものです。










レイチェル・カーソンは1962年に「沈黙の春」を書き上げました。
この本は世界で初めて農薬や化学物質の危険性や環境破壊について
書かれた本として有名です。

映画「レイチェル・カーソンの感性の森」は「沈黙の春」を映画化したものです。
彼女が穏やかにすごした海岸にあるコテージでの生活、豊かな自然の中の
神秘さや不思議さに耳を傾ける感性の大切さを語り、また、この本を書いた
きっかけや出版された後の反響などについて再現されていました。

レイチェル・カーソンは癌を患いながらも4年半かけてこの本を書き上げました。
どんなに辛くても書き上げるという信念はゆるぐことなく、この使命を成し遂げま
した。


この本がなかったら、環境問題に世界が動くということがなかったかもしれない。
そのくらい、レイチェル・カーソンが成し遂げたことは大きかったのです。


 「知る」ことは 「感じる」ことの半分も 重要ではないのです。
                         レイチェル・カーソン


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