●22戦6勝
●父 フサイチコンコルド
母 ホッコーオウカ
母の父リンドシェーバー
●主な実績
チューリップ賞(GIII)
北海道新聞杯クイーンステークス(GIII)〔03年・04年〕
府中牝馬ステークス(GIII)
2年目の若手騎手・川島信二を背に優勝した後、クローバー賞、すずらん賞とを連続して3着。
秋になって500万下条件戦を勝利して2勝目を挙げると、オリビエ・ペリエを鞍上にGI阪神ジュベナイルフィリーズに出走し、3番人気に支持されたが7着に敗れた。
2003年はチューリップ賞から始動。
中団よりやや前で競馬を進め、後の牝馬三冠馬・スティルインラブ、シーイズトウショウらを抑えて勝利する。
しかしその後の桜花賞では6着、5戦振りに川島が騎乗した優駿牝馬(オークス)では10着と敗れた。
その後クイーンステークスに出走。7番人気と低評価であったが、ファインモーション、テイエムオーシャンといったGI馬を向こうに初の逃げ戦法を取り、ファインモーションの追走をクビ差凌いで重賞2勝目を挙げた。
秋はそのまま秋華賞に向かったが6着、続いて出走したエリザベス女王杯ではレース中に右前脚を骨折し、長期休養を余儀なくされた。
2004年6月、愛知杯で復帰したが最下位の18着と惨敗。
しかし続くオープン戦を2着と逃げ粘り復調の兆しを見せると、前年制したクイーンステークスに出走して逃げ切り勝ちを収め、同レース二連覇を果たした。
続く府中牝馬ステークスも勝利し2連勝。
有力馬の一頭としてエリザベス女王杯に再挑戦した。
レースでは二番手から抜け出して粘ったが、ゴール寸前でアドマイヤグルーヴにかわされて2着となった。
その後出走した阪神牝馬ステークスでは、1番人気に推されたが9着に敗れる。
5歳になり春秋1走ずつを使って三度出走したエリザベス女王杯では、観衆からどよめきが起こるほど後続を大きく離しての逃げを打ち、10馬身近いリードを保って直線に向いたが、勝利したかと思われた瞬間、今度はスイープトウショウにまたしてもゴール寸前で差し切られ、2年連続の2着となった。
年末は有馬記念に出走し15着。
翌年も現役を続行し、引退レースとしてヴィクトリアマイルを目標に調整されていたが、前哨戦の京都牝馬ステークスで8着に敗れ、予定を変更してこの競走を最後に競走馬を引退、繁殖入りとなった。
全22戦中17戦で手綱を取り、3つの重賞を手にした川島はオースミハルカを「ハルちゃん」と呼び、「お姫様のようです」と溺愛していた。その初々しい様子がファンに好評を博し、オースミハルカと川島のコンビはGI優勝馬に比肩する人気を得ていた。
引退後は生まれ故郷の鮫川啓一牧場に戻り繁殖生活に入った。
2007年に父スペシャルウィークの牡駒が誕生している。
2009年秋~冬にオースミアザレア(栗東:荒川厩舎)からデビュー予定。
<Wikipediaより>
この馬好きだったな~
エリザベスは惜しかった。
===ライブ告知===
『CITY LIGHTS#51』
◆6月27日(日)18時30分~
◆CROWBAR(徳島県徳島市銀座)
コメントをくれてチケットをご購入(10円)いただいた先着10名様に
ヤングパーソンクラブの「オリジナルステッカー」をプレゼント
いたします。