細太郎です。

 

田舎あるある。。。

うちのご先祖さまは都を追われてこのド田舎に住んでいた。藤川家が来るずっと昔からだ。

江戸初期に至るまで、美都地区の荘園領主としてこの辺一帯を支配していた。鎌倉幕府のために「御恩と奉公」を地に生き、「一所懸命」を体現していた。これが、近藤家だ。しかも、隠居すると竹林の仙人のような暮らしをしていた。父方の実家がそのあたりだ。母方の実家はそれよりマシな田舎だ。双方とも山持ちでもある。窓を開けたら見える範囲はすべて自分ちの山だって、都会の人には想像できまい。

その時の様子をいまだに居座っている鎧兜のおじさんが話して聞かせてくれる。

ポツンと一軒家の世界でもあるように、この先舗装道路があるのか?という山道もある。幸いうちの本家のあたりは今でも地域でも影響力のある藤川家のご隠居さまのおかげで、舗装道路を通っていける。またいことこの亮君もこの付近に住んでいて、自家用車は軽トラだがこれで大学まで通学していたが、結局危なくて途中で断念した。高校も通いきれなくて下宿していた。

地域によってまたはかつての大名家の経済力やら職業もあるだろうが、一応奨学金やら安く借りられる寮みたいなのもあった。ただし、農作業付だがな。亮君はここに入って取り合えず藤川農園で作業のバイトもしていた。今は公務員だけどね。

亮君を始めとして農家の…すべてではないが軽トラに乗っていても平気な奴が多い。田舎の農業科のある専門学校の田舎の農家の子どもたちは高級車に乗ってきている、という話もきいたがまあこれもあるあるだ。

某県の田舎で教師をしていたという親戚のじいさんが、家庭訪問に行った時に、

「いらん」

と遠慮をしたのにお茶が出されて、

「いいから先生お食べなんしょ」

と言われて差し出されたのがたくあんだった、という話をしていた。

「いきなり手を出せといわれて、手のひらにのっけられたこともあったんだ」

よかったね、「しもつかれ」じゃなくて…と思ったもんだ。

「しもつかれ」ってなんだってねえ。。。調べてみそwww

まあ、お茶のみ話ってことで…。

 

*家庭訪問の話は、中学の時の担任の先生の体験談です。美術の先生なのに「図画工作」の先生って言われてたって。いい先生だったなあ。田舎の専門学校の農家の高級車は、つい数年前に通学していた子から聞いた。マジかよ、と思った。。。