「イワン・イリイチの死」トルストイ 著  
読了しました。




ロシアの裁判官が、病を自覚し、死に向かう
までの公と私の状況での心理描写、
家族や同僚のそれを描いた中編小説です。


自分なりの予定調和を可能な限り実現しよう
と奮闘する主人公。
病によって乱され葛藤し続け研ぎ澄まされ、
ついに死にいたる。


正体の分からない感情なんて存在しない。
違和感は全て言葉で表現出来るんだと思い
ました。


訳者の言葉選びも後押ししたか、
透徹した思考の流れが恐ろしいほど。
完全に好みでした。


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また痛みが激しくなったが、彼は心の中で言い続けた。「さあもっとだ打つなら打て。だが何のためだ?」
やがて彼は静まり、泣くのをやめたばかりか息まで止めて、じっと耳をすました。
それはあたかも自分の内側で生じている心の声を、思考の歩みを聞き取ろうとしているかのようだった。
「おまえには何が必要なのだ?」
ーこれが彼に聞き取りえた最初の、はっきりとした言葉で表現できる概念だった。

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自分が苦しむ理由は、この真っ暗な穴に吸い込まれようとしているからだが、しかしもっと大きな理由は、自分がその穴にもぐり込みきれないからだと。

それを邪魔しているのは、自分の人生が善きものだったという自覚であった。まさにその自分の人生の正当化の意識がつっかえ棒となって彼の前進を阻み、なによりも彼を苦しめているのだった。


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