母の家の中を改めて見てみると、いつ掃除機を掛けたのか解らない絨毯には、埃が積もり、クッションフロアの床はベタベタしていました。
4人家族の時から使っている大きな冷蔵庫を開けると、物が隙間なくびっしりと詰まっていました。

まず、冷蔵庫掃除に取り掛かりました。
食品が山のように積みあがり、何がどのように入っているのか手のつけられない状況です。
とにかく全部出して見ることにしました。

賞味期限を確かめながら、仕分けしていくと、どんどんゴミ袋が膨らんできました。
カビの生えたもの、液体に姿を変えた「もやし」など、とても食料とは思えないものが次々と出てきました。
冷凍庫の中も同じ様な状況でした。

片付けている間、母はそばでジット見ていて、「それも捨てるの!まだ食べれるでしょ!」と・・・・・
そのたび、賞味期限がかなり過ぎていること、いたんでいることを説明しながら、どんどんごみ袋に入れていきました。
ちゃんと説明するとその場では納得するのですが、私が帰えった後ゴミ袋から出していたので、次の日はゴミ袋を持って帰りました。

絨毯は、掃除機を掛けても掛けても綺麗にならず、掃除機のフィルターがすぐ目詰まりをおこしました。
私の仕事の合間を縫っての、母の家の掃除は、1週間掛かりました。

また、家の風呂を最近沸かした形跡がなく、母本人もいつから風呂に入っていなかっのか解らない状況でした。
私の家に連れてきて、風呂に入れると湯船には大量の垢が浮かんでいました。

きちんとしていた母からは、想像できない惨状に唖然としましたが、嘆いている暇はありません。
これからどうしていくのか、何をしなければいけないのか、母とそして自分達にとって最善の方法とは・・・


母の状況は、単なる物忘れのレベルでは、ないことがはっきりしました。

脳神経外科を受診しました。
問診に加え、長谷川式知能評価スケール、脳の画像検査により認知症と診断されました。
原因としては、数年前に軽い脳梗塞を起こしていたものを、そのままにしていたためでした。

そういえば、数年前に手足がしびれるので病院に行ってきたと、母が言っていたのを思い出しました。
今更ながらその時に一緒に病院へ行き、きちんと対処してあげればと後悔しました。

過ぎてしまったことを、悔やんでもしかたありません。
血液検査により、糖尿病もあることがわかりました。
認知症を遅らせるものと糖尿病の投薬を開始することになりました。
ショックを抱えたまま帰宅…すると程なくして母からの電話が…
お金が足りないので貸して欲しいとのことでした。
先ほどのやり取りを気にも止めないような話しぶりに、おや?と思いましたが、とりあえず支払いをしなければなりません。
明日行くと告げ、電話を切りました。

その日の夜、母からまた電話がありました。
お金があったから貸してくれなくても大丈夫と言うものでした。

次の日、母のところへ行くと、引き落とし口座に入金してきてと頼まれました。
30万あると千円札を30枚渡されました。
これで30万あるのと聞き返しましたが、そうだと…
お札を一枚手に取りにこれは何円と聞くと
千円…と
じゃあこれ全部でいくらと聞くと
30万…と
そのやり取りを何回か繰り返しました。


Android携帯からの投稿
15万円もの灯油の請求書を見てから自体は急変、灯油が漏れていないかと家の周りを点検しましたが異常なし、設備屋さんに聞いてみると灯油を抜かれているのではと・・・鍵付の蓋を検討しました。

しかし、よく見てみるとセントラルヒーティングのボイラーが最高温度のままずっと運転状態のままでした。
設備屋さんに来てあちこち調べてもらうと、壁の中で給湯の管が破裂していました。
管からお湯が1ヶ月以上流れていたため、隣接する押入れの壁や外壁まで酷い状態になっていました。
すぐ工事に取り掛かってもらいました。

2ヶ月分の灯油代が30万円、
工事代金が30万円、
水道代が15万円(水道局に掛け合って免除してもらいました)

これだけの金額がいっぺんに来たので、母に手持ちのお金は大丈夫かと。いったい今、いくら貯金があって、どのくらい生活に使っているかなどを聞きました。

すると「他人様には、そんなこと教えられない!」と言われました。

実の母に他人様呼ばわりをされたのです。
すごくショックでした・・・
あれは丁度2年前平成23年の今頃でした。
1人暮らしをしている78歳になる母が、最近随分物忘れがあるな~と思っていました。
あまり気にも留めず、近所に居ながら会う機会も減っていました。

そんな時、親戚の葬儀が地方であり、先に従妹に母を連れて行ってもらいました。
従妹には、「母は最近物忘れが酷いから、祭壇に揚げる供物をお願いね」と言いました。

次の日、葬儀会場にいくと従妹から「おばちゃん、ほんとに物忘れひどいね」と言われました。
肝心の母は、葬儀会場には居なく、宿泊していた親戚の家へ物を取りに行ったまま帰って来れなくなっていました。他の従妹が探して連れてきてくれましたが、本人はキョトンとした顔で皆どうしたのという感じでした。

それでも物忘れがひどいだけで、普段の生活はきちんとしてるし、受け答えもおかしなところは無かったので、そのまますごしていました。

年を越して平成24年2月下旬のことでした。
母のところで、何気に見た灯油の請求書が15万円!
なにこれ!!

そこから、始まりました・・・・