『かっぱの妖怪べりまっち』205話「豆狸」 | おばけのブログだってね、

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2020年12月末に配信終了となった『携帯サイト新耳袋』。

11年間に亘り連載していた短編、『かっぱの妖怪べりまっち』は、第563回で終了となりました。

当時の掲載作を週1編ずつこちらのサイトへ転載しています。

 

日本酒好きな可愛い化けといえば「豆狸」の話

近所に昔ながらの酒屋がある。

店舗の半分は小さな立ち飲み屋になっていて、夕方になるとワンカップ酒や缶ビールを片手にした仕事帰りのお父さん達でにぎわう。このあたりは新しいお店が出来ても馴染まず撤退していくような土地柄だが、この酒屋は変わらず繁盛していた。

酒屋には数匹の猫がいた。

お酒の棚で寝ているハチワレ猫、立ち飲み屋でおつまみを投げてもらう茶トラ。

三毛猫は中庭のハンモックでお昼寝中だ、と嬉しそうに猫の話をする酒屋のおじさん。

「でも一番可愛いのはこの子さ」とおじさんが抱き上げた丸顔の猫は、シッポがフサフサで、すぐにオスだと判る大きなタマをだらりと股間にぶら下げていた。

どう見ても猫じゃない。

「これは狸じゃないの?」とかっぱが訊くと、いいや猫だよとおじさんは言い張る。

もう何年も前から店に棲みついて、よく慣れているそうだ。

酒屋に狸か…。

かっぱは『豆狸』と言う化けを思い出した。

日本酒の三大名産地のひとつ兵庫県灘地方では、酒蔵に『豆狸』が棲みつくことがあるそうだ。蔵の中で他愛ないイタズラをする『豆狸』を、酒造業者は大切にしていると聞く。招き猫ならぬ招き狸だ。

酒屋のおじさんは目を細めて狸みたいな猫に頬ずりをした。

 

数ヶ月後、酒屋のおじさんがぼんやり店先にたたずんでいた。

「あの子はいなくなってしまった」と言う。

近所に引っ越してきた大型犬を連れた家族。その犬が店の前を通るたびに狸猫を見つけては吠え立てる。ついには飼い主の手を振り払い、通りの向こうまで狸猫を追い掛けて行ったそうだ。

それ以来、狸猫は姿を消してしまった。

『豆狸』は犬が大の苦手だから当分は帰って来ないなとかっぱは心の中で舌打ちをした。

毎日探しているが見つからないとおじさんは涙声だ。

驚いたことに狸猫は日本酒が好きで、おじさんと寝酒を共にしていたらしい。

狸猫がいなくなってからは、お酒も食事ものどを通らない酒屋のおじさん。

おじさんがこんな状態だからか、店も閑古鳥の住処になっていた。

 

数日後、通りかかるとおじさんは少し明るい表情で話しかけてきた。

「実はここ数日、気がつくと枕元にコップ一杯の日本酒が置いてあるんだ。なぜかわからないけれど狸猫が元気で戻ってくる気がするよ」と言う。

そうだよ、そのうち帰ってくるよ、だから元気出してと言って店を後にした。

枕元のお酒、忍び込んだかっぱがこっそり置いているとは決して言えない。

『豆狸』が戻るまで続けないと。