消すかもしれないけど

今の気持ちの吐き出し場所が欲しくて

読む人はほとんどいないこの過疎ブログにひっそり書いてみることにします。







私は、水戸に参加した。

この日に限って、最前列だった。

表情も手元も

遮るものなく全て見える位置で

私はのちに大騒動になるアレの一部始終を目撃した。


強烈な体験で、なにがなんだかわからなかった。

入場とともに話しだし

一曲目の途中で話を始め

立ちあがろうとするお客さんを手で制して

今日は話しましょうと。

結局一曲目の続きはやらなかった。



いつものキャラではなくて

別人格に乗っ取られているような感覚だった。


そこからは、みなさんだいたいご存知の通り。




ただあの時思ったのは

歌いたくないのではなく

歌えない、弾けないのではないかと。


だって、恐ろしく下手くそだった。

あの何十年も、何百回とやってるだろう曲も間違える。

譜面ガン見で

すごくゆっくり、コードをひとつひとつ押さえながら

変なビブラート響かせて歌う。

最前列にいたからよく見えた。

歌詞に気持ちを乗せるとか以前の問題。

人に聴かせるための歌ではなく、

お風呂でひとりで気持ちよく歌ってるような歌声だった。



歌も去ることながらギターの下手さに衝撃を受けた。

チューニングも、結局一度もしなかった。

あんなにチューニングよくする人が。



練習してないのだと感じた。

練習が足りず、弾けないから

MCで時間を稼ぐつもりだったのかなと。


その態度は今まで流れからして

ありえないのだけれど

そうとしか思えなかった。



MCでの態度も普通ではなく

途中でなんとか止めてあげられないものかとやきもきした。



案の定、炎上して、あの騒動。

そして騒動は、「歌いたくない」という問題に

単純化されて広がったけど

実際に観たファンはきっと

もっと根深いものを感じただろう。





私は、彼はきっとどこかの具合が悪いから

ツアーを中止にするんじゃないかと思った。


しかしツアーは続行され

しかも、次の公演に行った人たちは

すっかり戻っていて遜色ない仕上がりと言っている。



私は信じられなかった。

もうひとつ、横浜は取ってたけど

このままだとひとりのステージが見れないと思い

仙台を急ぎ取った。




仙台はこじんまりとしたライブ会場で

この日の前日に、あの親交の厚かったアーティストの訃報が

大きなニュースとなっていた。



少し遠い席で表情は見えなかったけど

ご心配をかけてすみませんでした、と謝り

真摯な態度で18曲演奏した。



数週間ぶりだったけど

あれほど弾けてなかったギターが

きちんと弾けていて

歌声も、よく知ってる

とても心に響く歌声に戻っていた。



なんだ、やればできるじゃん

さすがじゃん、よかった。



アンコールのMCで訃報に触れ

ちゃんと歌わなきゃだめだよ、と叱られたという

遺言のようにもらった言葉に触れ

そのあとの歌は泣いて歌えなかった。




それだけの経験をしたなら

もうきっと大丈夫だ。



次の横浜も

素敵なギターと歌声を堪能した。

本当に楽しかった。







そして、この土曜日に行われたライブに

私は参加した。



心配はしていなかった。



彼に憧れてギターを始めたというミュージシャンと、

後輩ミュージシャンとの3人のコラボ企画。



お知らせが出たのは2月のことだったか。

めったにないオシャレな会場でのライブに参加したくて

平日の昼間に電話してチケット取った。





この日は昼と夜の二回公演で

私は夜の部のみ参加した。



ライブの後半になって

彼が、若いアーティストに呼ばれて出てきた。

そして、札幌のススキノの体験から

作ったというあの曲

彼はギターを取らず、

あなたの前で弾く勇気がない、というようなことを言って

ハーモニカと歌だけで参加した。

自分の曲なのに

半分も歌わなかった。


そのあと、彼のパートになり

2曲。



それはもう、びっくりするような

ひどい出来。

バックバンドがしっかり支えていたから

なんとか音楽になったけど

歌がリズムについていかず

またあの変な「風呂場の歌」の歌い方に戻っていた。


二曲目は

ハーモニカのキーを間違えてて

ギターは弾いてたけど

音がほとんど聞こえなかった。

もしかしたら音を下げられていたのか。

久しぶりに聴けた、大好きな曲なのに

見ていられなかった。




他のアーティストは4曲ずつオリジナルを歌ったけれど

彼だけ二曲で終わり。


段取りも理解していなかったようで

MCの得意な後輩アーティストがステージに戻ってきてからは


彼の指示に従ってハーモニカをセットしたり

歌ったり。

なんとか笑いに昇華してたけど

介護に見えてしまった。


彼がホストの企画のはずなのに

最後まで、お客さんへの呼びかけも

ありがとうございました、も言わなかった。



他のアーティストのファンも来ていたし

配信されてたから

初めて彼を観た人は

この人有名だけどこんなもんなのかと

思っただろう。


あの天才よりすごいやつが
あの努力し続けてきた天才が、
こんなもんだと思われるのは
とても、とても嫌だ。


私は、あの水戸での悪夢が

再び蘇ってしまうとは思ってもなくて

しかも、二度目となるとこれはもう

あの日だけの一時的ななにかではなく

彼の中に何か大きな異変が起こっていることを

認めざるを得なくなった。




公演後、昼の部も見た友人は

昼の部の方がもっとひどかった。

夜はだいぶ持ち直していたと言った。



あれよりひどい状況って

想像するのも怖い。


夜の部でさえ、

水戸の演奏の方がまだマシだった。


お金と時間を使って

ワクワクした気持ちでライブに行って

こんなにしんどい思いをするのは

もう二度とごめんだ。



私は、たとえこの先もライブのお知らせがあったとしても

しばらくは来ないだろうと思った。



今まで、たくさんたくさん

素晴らしい演奏と歌声聴かせてくれたなと

走馬灯のように思い返された。





こんな状態なのに

なぜライブをしたのか、、させたのか

一ファンには知る由もない。




毎月の連載を続けている雑誌記事に

彼が脳ドックを受けて

正常と言われた話が載っていた。



奥さんを始め

周りの人達がみんな最近の彼に異変を感じ

心配していたと書かれていた。



家族や周りが感じる異変は本物だ。

しかし脳ドックに問題がないならば

何が彼をあんなことにしているのだろう。



原因も本当のところも

私たちは分からない。


でも、いまの状態で公の場に出すことは

どうか辞めてあげてほしいと思う。

夏のイベントも、来年の周年も

いろんな連載も

何もしてほしくない。





私にとって、彼はライブ音楽そのものだった。

何事にもいつか終わりが来ることはわかっているけど

まだ早い。

まだ早いよ。




いつか復活してくれると信じてる。



だから、ゆっくり休んで欲しい。

何年でも待つから

また楽しそうにドヤ顔で見せびらかすようにギターを奏で

大きな口を開けて歌う彼が

いつかまた見たい。