吉益東洞の3傑の1人~岑少翁~ | 漢方1日1歩のブログ

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1日生きるとは1歩進む人生でありたい(by湯川秀樹)の言葉のように、傷寒論や類聚方広義、勿誤薬室方函を参考に1日1歩づつ漢方医として成長していきたいと思っています。(実際に患者に処方するにあたっては添付文書を参照され、自らの診断と責任でご処方ください。)

本日漢方先哲命日

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 岑少翁は1732年に生誕し1818年11月27日に死去している。岑少翁は村井琴山、中西深斎と共に吉益東洞の3傑と言われている。しかもその医説を最も信奉し、弟子が吉益東洞の書以外を読むと不機嫌だったと言われ、村井琴山が自著の校正を頼んだ時も吉益東洞の本で十分として読まずに返却したと言われている。そんなわけで岑少翁は書を残さなかったためにその医説はほとんど知られていない。ただ岑少翁の弟子尾台浅嶽を通じて古方の昇華尾台榕堂へとつながる。また岑少翁は最晩年に尾台榕堂を2年ほど直接指導している。岑少翁は吉益東洞に倣うかのように大黄を含む方剤が得意処方であったらしい。これに触発されてか尾台榕堂も大黄製剤を頻用している。尾台榕堂はもしかしたら岑少翁に吉益東洞の影を感じていたのかもしれない。


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