昨夜の様子が心配で、朝ひめが幼稚園に出かけた頃に連絡もらえるよう
義理姉にお願いしてありました。
睡眠剤も痛み止めも効かず、2時間ぐらいしか眠れなくて、
ひっきりなしに看護師さんを呼んでいたそうです。
私は義理姉と交代できるようひめのお泊りセットを持ち、
腹水でパンパンに膨らんだおなかを隠すための甚平を2着持って、
ひめの幼稚園にお迎えに行きました。
幼稚園の先生もほんとうによくしてくださって、
その日は落ち葉を拾い、上からあてた紙にクレパスで葉脈などを写し取るという製作をしたそうで
「お父ちゃんのお見舞いに持って行きたいというので、一番大きい葉っぱパウチしておきましたよ」
教室の壁面に飾る製作物から、ひめだけ特別に一枚持たせてくれました。
それだけでなく、病院にいる間退屈しないようにと、工作セットをひととおり持たせてくれて、
あたたかい先生方に恵まれて、ほんとうに感謝の気持ちでいっぱいになりました。
3時すぎ病院に着くと、お父ちゃんは痛みと息苦しさと格闘中でした。
でもひめの顔をみると、微笑んで
「来てくれたんや~ありがとう。ごめんよ~お父ちゃん病気治ったら抱っこしてやるからな」
その言葉には、深い意味がありました。
お父ちゃんは今まで、「体イタイイタイだから、抱っこしてやれないわ。ごめんよ」と言うことはあっても、「治ったら抱っこしてやる」なんて、できない約束を口にすることはありませんでした。
ひめがお父ちゃんのために作ってきた葉っぱを渡すと
「ありがとう。遊びに連れてったって」
とデイルームに促します。
やっぱりどんなに苦しんでいても、お父ちゃんです。
病室では騒げないので、デイルームで自由に遊ばせてやってというのです。
「昨日はねSちゃんのおうちで夜おうどんご馳走になったんだよ。お友達のお家で夜食べたの初めてだったから、すごく喜んでたよ」
「そうか~いいねぇ」
ひめが義理姉と病室を出たところで、私からお父ちゃんにお届けものがありました。
本当は自宅で渡せるように用意していたのですが・・・
それはひめへのお誕生日プレゼント
お父ちゃんとひめが約束していたレゴフレンズシリーズのビューティーサロン
9月末の外泊のとき、帰り道に買おうねと約束していたのですが、
てんかん発作で外泊できなくなり、
駆けつけたときには、
「お父ちゃんのこの点滴が取れたら買いに行こうな」
という約束になり。
このままお互いの心残りになるのではと思い、
こっそり私が用意したものです。
「お父ちゃん、これ約束していたお誕生日プレゼント。渡してあげてくれる?」
「俺ちゃんと誕生日とか、大事なこと忘れてないか?ちゃんとお祝いしてやれなかったもんな~」
ひめに「お父ちゃんが何かいいものくれるって」と呼んでくると、
大喜びでお父ちゃんからプレゼントを受け取りました。
レゴでしばらく遊んで、「ねえねの家にお泊りする?」と聞くと、
ひめは珍しく「いや」と言ったそうですが、
「ねえねが帰るから、電車に乗っておうちに遊びに行こう」
というと、その気になり、遊んでいるうちに自然にお泊りになりました。
その後の私とお父ちゃんは、なかなかのしんどさでした。
緩和ケアチームが入ったおかげで、昨日よりは痛みがややマシとのことでしたが、
私がひと息つく間もないくらい、水・ベッドの上げ下げ・体の向き替え・薬・・・
ときどき足も痙攣していました。
でも極めつけは「恐怖」
「手握ってて」
切ないくらいの弱気な言葉でした。
だんだんに余命というものを感じ出したこの1ヶ月ほど、私は意識的に帰り際、手を握っていました。
私がひめを出産したとき、予定帝王切開でしたが、麻酔がちょっと弱かったようで、
おなかから出るまではなんとかがんばったものの、痛みに耐え切れず、
病室に戻ったときうんうん唸りながら、何も言わずにあげた左手をお父ちゃんが握ってくれて。
「ああ、この人となら何があってもがんばれるな」
そう思ったから。
嚥下も弱まっていて、一口ずつお水を飲むのが精一杯。
幻覚もあって
「向かいのベッドの天井にイモリが2匹いる」 というので
「あらバリ島みたいだねぇ。また行きたいねぇ」
神奈川と兵庫という、絶対に出会うはずのない2人の出会いを作ったバリ島の思い出話になったり、
「結婚式の準備は?」
「もう私がしたから大丈夫だよ」
なんて会話も飛び出しました。
でもひとつひとつに
「オッケ~」 「サンキュ~
」
もがき苦しんでいても、お父ちゃんの根幹はどこまでも変わりませんでした。
緩和が少しうまく働き出したのか、昨夜よりはまとめて眠れていました。
でも夜中咳き込んだかと思うと、たんが気道に詰まったのか、呼吸が少しおかしくなり、
バキュームで吸ってもらいました。
その後も自分の唾液が気道の方に入ったようで、
N先生が「自分の唾液が飲み込めなくなって、呼吸がとまってしまうこともある」と言っていたのを思い出しました。
息苦しいのも、吸いとってもらうのも、どちらも究極の苦しみで、
「助けて。もう楽にさせて」と言われたときには、
がんばって欲しいけど、こんなにつらい「がんばれ」って言葉はなくて、
でもあたりが白々と明るくなってくると、なんとか無事に朝が迎えられたことに少しほっとしました。