自閉症の次男は地域の小学校の特別支援学級に通っていました。

ざっくりと思い返してまとめた言い方をすると
「校長先生の障害児に対する理解があるか無いかで支援学級の存在価値や扱いが良くも悪くも変わる」ということです。

地域の公立の学校の校長先生は2~3年で変わります。 
障害児に理解ある校長先生は地域や学校の雰囲気や流れを良い方向へと導いてくれます。
校長先生の一声で交流学級や通常級の先生方の姿勢が変わります。


次男が低学年の時に支援学級では1学期の終盤に「校内宿泊学習」が一泊でありました。夜のお楽しみ会や近くの銭湯へ行く時にたくさんの通常級の先生方がお手伝いに来てくださっていました。


物理的に手が多いことはもちろん大きな助けであり、支援学級の先生方の精神的負担が格段に少なくなります。


年間を通して支援学級に良い空気をもたらし、学校全体が好循環されます。



校長先生の支援学級に対する思いがあるか無いかで、子どもたちの学びが変わります。


学びの質が良くなったり悪くなったり、あってはならないことですが、実際にはうちの次男も良くない時期が2年間ありました。


学校や学級が理解ない校長先生のもとに動いていた小学校5、6年生の時には次男は他害行動が爆発し、本人も私も長男も睡眠がまともに取れない生活になってしまいました。学校内の先生方の連携が無の状態でした。支援学級の先生方に余裕が無いのは明らかで、全てが子どもの負担へと繋がっていました。


学校には大人(先生)がたくさんいるのに、校長先生の采配一つで良い機能、悪い機能へと変わってしまっています。


支援学級の生徒の数は学校全体ではわずか数%ですが、やはり理解ある校長先生に来てほしいと親も子も願うはずです。