こんばんは
今年一年を振り返り 自分の記録を残しておきたいと思います。
2015年は 僕の経営者人生で最も過酷な一年となりました。
一言で言うなら ” 試練 ” という一年間でした
それは 大阪でやっていたたった一つの現場です
その現場で 会社的にも個人的にも大きなものを失いました。
会社的に言うなら お金
個人的にいうなら つながり です
逆に 現時点で得たものもあります
会社的に言うなら 従業員の成長や団結力
個人的に言うなら 自信 です。
極限までまとめると こういった事となります
実は 僕は来年 本を出します
そこの出版社の社長から 今回の現場の事を書いて欲しいと言われました
でも この年の瀬に結論を出しました。
それは 本には書かないということです
なぜなら 今回の現場の事を書くということは
その現場に関わるある一部の人たちを 悪く書かざるを得ないからです
悪く書くということは よんだまま 僕自身がその人たちに負の感情を持っているから
現実的にそういう風に思っているけど その事を書くということが
僕自身 納得できないし なによりも格好悪いと感じる
だから そういう結論とします。
その社長にはまだこの事を伝えていないので このブログで知ることとなるでしょう。
その人は 僕のことを理解しているし 理解しようともしてくれるので
これ以上の説明は必要ないと思っています。
僕は さっき書いたように 経営者になってから 一番苦しい思いをしました。
先が見えず 打開策も無く それでも今出来る事を
それが 何かにつながるかもわからないまま ただ やるしかない
そんな日々を繰り返し 精神的にも肉体的にも追い込まれ
生まれて初めて ” 死にたい ” とも思いました
そんな日々の中 自分の中の限界まで来たときに
僕の中から出てきた 自分の中の声は
” もう やるしかねーわ ” でした。
毎日現場に出て 作業をしている中
一緒に出張で来ている うちの連中にわからないように
僕は葛藤をし続け 心が折れるか折れないか 紙一重でした
そのうちから出てきた メッセージは
自分の限界値を知るとともに 自分の一番奥そこには
本当に強い自分がいるんだ という何ともいえない
自分自身を安心させる 最高のものでした。
僕は ガキの頃 親父の周りの連中から
” 蛙の子は蛙だ ” と 陰口をたたかれ
心の中で ” じゃあ 俺がライオンになったら 親父もライオンになるんだろ! ” と叫び
それからの20年間 ずっと ” 強さ ” を意識して生きてきました。
強くなる為に いろんな知識を得て 一歩出せないときに無理をしてでも一歩を出し
迷ったときは こうなりたい自分を演じ それを行動に移し
そうやって ある意味自分に嘘を付きながら 数ある武器や盾を身に付け
強くなる 強くならないと 強くなければならない
こう自分に言い続け
その武器や盾 そして 絆や信頼 そういったものでは
何一つ歯が立たない状況の中
僕が引いていた最後の一線は ” 逃げない ” という選択でした。
自分で選択したのに 逃げない つまり 立ち向かう ということは
本当に苦しく 辛く 泣きたくなる毎日
でも
そんな自分の弱さを見つけながら 最後の最後に得たものが 揺ぎない自信だった。
自分の事を心から認めれる瞬間でした。
僕は 蛙の子ではなく ライオンの子だった ということです。
誰かに認めてもらった結果得たものではなく
自分が自分と向き合い続けたことによって得たそれは
自分の価値や 親 や 身内の価値 つまり 僕のルーツを肯定するものとなりました。
書き出すと 本当にきりが無いのでこの辺で終わりにしますが
僕が今年一年を 漢字 一時で表すなら
” 情 ”
となります。
そして 来年を表す一字はもう決めています
それは
” 線 ”
です。
そうです つまり 一線を引く ということ
意味は 結果で表します。
以上 2015年の 最後のブログです。
来年は フェイスブックを控えめにし ブログ優先でいきます。
ありがとうございます。
今年一年を振り返り 自分の記録を残しておきたいと思います。
2015年は 僕の経営者人生で最も過酷な一年となりました。
一言で言うなら ” 試練 ” という一年間でした
それは 大阪でやっていたたった一つの現場です
その現場で 会社的にも個人的にも大きなものを失いました。
会社的に言うなら お金
個人的にいうなら つながり です
逆に 現時点で得たものもあります
会社的に言うなら 従業員の成長や団結力
個人的に言うなら 自信 です。
極限までまとめると こういった事となります
実は 僕は来年 本を出します
そこの出版社の社長から 今回の現場の事を書いて欲しいと言われました
でも この年の瀬に結論を出しました。
それは 本には書かないということです
なぜなら 今回の現場の事を書くということは
その現場に関わるある一部の人たちを 悪く書かざるを得ないからです
悪く書くということは よんだまま 僕自身がその人たちに負の感情を持っているから
現実的にそういう風に思っているけど その事を書くということが
僕自身 納得できないし なによりも格好悪いと感じる
だから そういう結論とします。
その社長にはまだこの事を伝えていないので このブログで知ることとなるでしょう。
その人は 僕のことを理解しているし 理解しようともしてくれるので
これ以上の説明は必要ないと思っています。
僕は さっき書いたように 経営者になってから 一番苦しい思いをしました。
先が見えず 打開策も無く それでも今出来る事を
それが 何かにつながるかもわからないまま ただ やるしかない
そんな日々を繰り返し 精神的にも肉体的にも追い込まれ
生まれて初めて ” 死にたい ” とも思いました
そんな日々の中 自分の中の限界まで来たときに
僕の中から出てきた 自分の中の声は
” もう やるしかねーわ ” でした。
毎日現場に出て 作業をしている中
一緒に出張で来ている うちの連中にわからないように
僕は葛藤をし続け 心が折れるか折れないか 紙一重でした
そのうちから出てきた メッセージは
自分の限界値を知るとともに 自分の一番奥そこには
本当に強い自分がいるんだ という何ともいえない
自分自身を安心させる 最高のものでした。
僕は ガキの頃 親父の周りの連中から
” 蛙の子は蛙だ ” と 陰口をたたかれ
心の中で ” じゃあ 俺がライオンになったら 親父もライオンになるんだろ! ” と叫び
それからの20年間 ずっと ” 強さ ” を意識して生きてきました。
強くなる為に いろんな知識を得て 一歩出せないときに無理をしてでも一歩を出し
迷ったときは こうなりたい自分を演じ それを行動に移し
そうやって ある意味自分に嘘を付きながら 数ある武器や盾を身に付け
強くなる 強くならないと 強くなければならない
こう自分に言い続け
その武器や盾 そして 絆や信頼 そういったものでは
何一つ歯が立たない状況の中
僕が引いていた最後の一線は ” 逃げない ” という選択でした。
自分で選択したのに 逃げない つまり 立ち向かう ということは
本当に苦しく 辛く 泣きたくなる毎日
でも
そんな自分の弱さを見つけながら 最後の最後に得たものが 揺ぎない自信だった。
自分の事を心から認めれる瞬間でした。
僕は 蛙の子ではなく ライオンの子だった ということです。
誰かに認めてもらった結果得たものではなく
自分が自分と向き合い続けたことによって得たそれは
自分の価値や 親 や 身内の価値 つまり 僕のルーツを肯定するものとなりました。
書き出すと 本当にきりが無いのでこの辺で終わりにしますが
僕が今年一年を 漢字 一時で表すなら
” 情 ”
となります。
そして 来年を表す一字はもう決めています
それは
” 線 ”
です。
そうです つまり 一線を引く ということ
意味は 結果で表します。
以上 2015年の 最後のブログです。
来年は フェイスブックを控えめにし ブログ優先でいきます。
ありがとうございます。