こんばんわ 久々のブログです。




最近はフェイスブックにアップしてばっかりなのに




ブログを開いてみたら アメブロではまったくと言っていいほどアップしていないのに




見に来てくれている人が多く びっくりしました。




来年からは 今までどおり フェイスブックよりも ブログの頻度を多くしていこうと思います。




毎年書いている 一年の締めくくりのブログです。




今年は 散々な年でもあり ありえないような事が多くあるような年でもありました。




言い出したらキリがない。




苦しい時期もあり 楽しい時期もあり 怒りにさいなまれた時期もあり




悲しかったり 嬉しかったり 泣いたり笑ったり。




きっと みんなもそうなんだろうけど 僕自身にとっては




感情が上にも下にも 右にも左にも 前にも後ろにも動いた結果




自分という球体が 一つ 大きくなったようにも感じる一年でした。




そんな中で 今年の思い出 ベスト3を書いて終わりたいと思います。




1 師匠からの言葉。




僕には 師匠がいます。 僕の人生の道しるべであり 後押ししてくれる存在でもあります。




そんな師匠にも師匠がいて 今年 師匠が 師匠に会いに行ったときの帰りに




僕に電話をくれて こういってくれました。




『 お前を絶対に 一人ぼっちにはせーへんからな。 』 




僕は特にへこんでいたわけでもなく 師匠に何か相談したり 心配かけるような



事をしていたわけではないのに 師匠は何かを感じ 僕にそういってくれました。




僕にとっては 人生で忘れることのない 瞬間でした。




その言葉を聞いている その瞬間にそう感じたのを覚えています。




” 足るを知る ” という感覚を感じさせてくれる




人生に一度あれば充分な経験となりました。




感謝しています。




2 パパに出会えた事。




僕は今年 四国の歩きお遍路に行ってきました。




お遍路の道中で 最も自分と向き合う道のりとなる




高知県の 室戸岬でも 80kmの道のりで




僕は 足が限界近くまで腫れて 痛くて痛くて 足を引きずりながら歩き




何もない道のりを ただひたすらに歩いていました。




右側は山 左側は海 前に見えるのは ずっと同じ景色




雨が降っていて 下を向きながら たまに通りすがる車の音を聞き




” いったい俺は 何のためにこんなことをやっとんだ? ” と




答えのない答えを探しながら ずっと歩いていました。




頭がぼーっとしてきて それでも歩かないと宿がないので




ずっと歩いていると 僕の左側を車が通り過ぎて 20mくらい先で止まりました。




すると 助手席から女性が降りてきて 




『 お遍路さん お接待です 』 と言って チョコレートをくれました。




そのチョコは ロッテ アーモンドチョコ。




親父が大好きだったチョコレートでした。




僕は ポケットに入れ 歩き始めると 




なぜか 涙がぽろぽろこぼれてきました。




涙を流しながら歩いて しばらくして ふと海を見ると




水平線いっぱいに 両手を広げ 親父がはっきりと見えました。




僕は呆然とし ずっと その親父を見ていました。




涙がとまりませんでした。




ふと我に返ると 親父の姿は見えなくなり また歩き始めました。




すると ビックリするほど 足の痛みがなくなり




さっきまでの 倍の早さで 歩いている自分がいました。




僕はその瞬間 なぜか 心の中で親父に




” ありがとな もう大丈夫だから ” と伝え




目的地までたどり着いたのを覚えてます。




親父




心配かけて ごめんな。 あん時も言ったけど もう大丈夫だから




そっちで 安心して 見とってくれ。




3 道理




今から書く話は かなりややこしい話なので かなり簡略化して書きます。




一昨年の年末から 知り合いに紹介してもらい




大阪の解体業者に仕事を発注しだしました。




一昨年の暮れに 大きな現場を発注しました。




そして 今年の正月明けに その現場の元請から連絡が入りました。




” 現場に誰もいないし 重機も何もないけど どうなってるの? ” と




その下請けは 倒産しました。




僕は その下請けには 工事金のそのほとんどを支払いしてありました。




工事は 30%も進んでいないような状況でした。




その下請けは その工事をいくつかの孫請け業者に分担し発注していました。




3日ほどたち その孫請け業者が 大元請に言いに行きました。




” 工事のお金を払ってください ” と




僕は さっきも書いたように 下請けには払っていました。




でも その下請けは 孫請けに支払う分を全部持ち逃げしました。




僕は 二重払いとなってでも 孫請けに支払いをして




事を収めました。 当然 赤字となってでもです。




このやりとりの最中 うちと 大元請の間には うちの元請がいましたが




この元請は 何一つ動かず 我かんせずでした。




僕は 請け負った責任があるので この現場以降 その元請からの仕事は




やらないと決めていました。




半年ほどたち その元請が仕事がなく 困っているという話を聞きました。




何故なら




大元請の所長が その元請の社長に




『 お前のところは 今年のあの件(うちの下請けが倒産した現場)のとき




何も動かず 氷室社長が全部 ケツ拭いただろ。 そんな責任感のない所に




仕事を出せるわけねーだろ 』 と 言ったそうです。




僕は 孫受けが うちを飛ばして 大元請の所に行った時点で




その大元請からは いい加減な業者で 二度と使うか! と




思われていると思っていました。




それでも 請け負った責任もそうだし なによりも




自分の中の 道理を通す事を優先しました。




結果 




半年後 その元請が 僕に頭を下げに来ました。




『 氷室さんの所がやってくれないと うちは 仕事をもらえない。 だから




仕事をやると 言ってください 』




僕は この話を聞いたとき




こう思いました




” やっぱり この世の中は道理が勝つんだ。 道理を通して良かった ” 






この三つが 大きな出来事の三つです。




言い出したらキリがないほど 他にもたくさんの経験をさせて貰えました。




感謝しています。




僕は 今年ほど 悔いのない年はないんじゃなか? と思えるくらい




心が色んな所に動き さっきも書いたように




伸びしろが 伸びた年だと感じます。




自分が生きてきて 自分として生きてきて良かった。と思える一年が




人生で何回あるのか?




今年得たものは 僕の今後の人生に大きな影響を与えるだろうと感じます。




だから この先の人生は 




今までよりも さらに強く




” 自分らしく生きる ” という事を 心のど真ん中に置いて生きていきます。




最後に




今年一年間 関わってくれた方々




心から感謝しています。




お互い 少しでも 良い人生を作って生きましょう!




氷室 優。