こんばんわ



去年の今日 親父が死にました。



時間は 九時間後。



去年の 今日 そして この時間



僕は 死ぬなんて思っていませんでした。



医者が何と言おうと 僕を育ててくれた親父の力を信じていました。



でも 九時間後 親父は 別れを告げました。



一年という月日が経ち いろんなことを 本当にいろんなことを



感じて 学びましたが 



愛という字の 心が 真ん中にあるように



僕の心のど真ん中にある 親父への思いは



何も変わりませんでした。



その思いとは



育ててくれてありがとう



愛してくれてありがとう



なによりも 親父で居てくれてありがとう です。



細かく書き出したらきりがないので あえて書きません。



今となって思うのは 彼なりに 自分の死というタイミングを



選べるとするなら 彼にとって最高のタイミングだったんだろうと



そう 思いたいです。



その 最高のタイミングとは



お前にとって 最高のタイミング



つまり



僕にとって最高のタイミング。



僕は 若い頃からよく 愛とは



心を 受け 取る と書いて 愛と読む と 人に言ってきました。



彼の愛を受け取る 受け取らないも 僕しだい



どう解釈するかも 僕次第。



今日 若い衆が現場から帰ってくるなり 



『 これ そうすればいいですか? 』 って僕に聞いてきます。



その どうすればの言葉の先にあったのが 骨壷でした。



現場に捨ててあった骨壷 元請さんは 



『 現場に残っているものは 全部処分ね 』 といいます。



僕は メッセージだと感じてました。



あれから 五時間 



今の僕が思うのは 



” 思ってくれるだけでありがたいこと ”



つまり 



思ってくれる人を大切にしろ。



そんな メッセージなのかな と 解釈してます。



とにかく



ぼくは 親父が大好きです。



彼の息子でよかったと 心から思ってます。



僕は 僕が死ぬまで 彼の息子です。



彼が 生きているかどうかは 関係ありません。



彼の息子として 生きること 生き抜くことが 僕の誇りです。



去年も 聞こえてない親父の耳元で言ったんですが



” じじい ありがとう 本当にありがとう 



辛い思いさせてごめん 寂しい思いさせてごめん



でも 俺はあんたが 大すきだよ 



次 生まれ変わっても 親子になろうな ”






このブログを読んでくれている人へ



親孝行は 生きているうちに してください



生きているうちに 感謝を伝えてください



感謝を伝えたなら 生きた証として 生きてください



断言します 



あなたが その親を選んだんです。



だから 親を愛して 認めて 受け入れてください。



どんなむたいをいわれても どんな理不尽な出来事にあっても



あなたがあきらめたら 



あなたの親を否定することになります。



なぜなら



あなたが 親を選んだから。



続いてきた命に 感謝して いきていきましょう



亡くなった おじいちゃん おばあちゃん おじさん おばさん



そして じじい



この命 死ぬまで生きます。



毎日言ってるけど 



本当に ありがとう。



いきとるうちに 言おうと思ってたけど いえなくてごめんな




俺は あんたの息子で 良かった。




俺にとって あんたは 誇り




生まれ変わっても 親子になろうな。




心から 愛してるよ ありがとう。