じじいの通夜の日の事です。



係りの人から 『スピーチはどうされますか?』と聞かれます



僕が 『 どういうこと? 』 と聞くと 彼は 通常は



葬式のときに 喪主さんにスピーチしていただくんですが



通夜は ご自由にさせてかまいません。 と言います。



僕は 命日の何日か前から 夢で何度となく 親父のこの日の事を



みていたので 当然 言います。と言います。



僕は 考えもなく 返事をしました。



その後 ちょっと時間があったので 僕は考えました



何を言おうか どうすればいいのか?何てことです。



結果から言うと これは カミングアウトになるんですが



僕は親父の遺書を 自作自演で スピーチしました。



もし 親父が自分の死期を知っていたら なんていうか



そう考えて 自分で考えて 自分の口で言いました。



結果的に振り返って思うのは すべては 感謝でした。



途中で気付いた人もいましたし ずっと泣いていた人もいました。



でも 僕は 聞いた人がどう感じたかよりも



どうだ! あんたの息子らしく かっこよかったか!



という 自己満足で一杯でした。



その遺書は あえて捨てました。



だから そのとき 何を言ったかは僕自身もうるおぼえでしかありません



だけど じじいが死んで 涙を流さなかった うちの ちびが



僕のスピーチをきいて 泣いていてくれたのが 



僕にとっては なによりの 感謝でした。



ちびたちが 大人になったときに その言葉は覚えていないと思いますが



彼女たちの心の奥底には 安心という 愛が受け皿になったと思います



スピーチを呼んでいる僕は 自分で書いたくせに



何度も 涙がでそうになり 普通に読んだら 3分で読めるものを



15分くらい かかってしまいました。



でも 後悔はまったくないし 逆に 



それでこそ 俺の息子だ と



親父が笑ってくれているように 感じてます



僕が書いた親父の遺書の中で 僕宛の言葉があります



それは



前にも書いたんですが



” 人は日に 一合の米と 一合の酒 そして 一畳の畳があればいい ”



という 言葉です。



つまり



今あること 今生きていれることに 感謝しろ ということです。



要は 僕自身の教訓です



僕は 今 ダイエットをしています。



心が折れそうになることが しょっちゅうあります



そのときに 僕に僕が言い聞かせる言葉は



じじいは 最後の一ヶ月半 なにも食えず なにも飲めずだったんだから



なにを 弱音を吐いとんだ お前は



という言葉です



思い出すと 涙がでそうになるんですが



せめて 出来ることなら



最後に一回くらい 好きなことをさせてあげたかった



それが例え ジュースを飲むことであっても



米を一口食べることであっても させてあげたかった



僕がお見舞いに行って ちょっと目を離した隙に



ちびのジュースを飲んで 飲めずに パジャマがゲロまみれになっていた



僕が戻ったときの ちびたちの 引きつった顔を



忘れることはできません



汚れた口元と パジャマを拭いているときの



まわりのひとの視線は 本当に辛かった



いまさらながら 最後に一言くらい 言葉をもらいたかった



苦しい思いをさせて ごめん



あの日 病院に行けばよかったと ずっと後悔してる



いってもしょうがいなんて わかってるけど



どうしても 頭に残る



しあわせだったのか? 良い人生だったのか?



考えることは多いけど



少なくとも あんたの大好きだった ちびたちを



見守ってあげてください。