こんにちわ



昨日の話です。 昨日の夕方 子どもを連れて



親父の病院に行ってきました。その時に 氷室建設の元請けである



神谷商会の会長が お見舞いに来てくれました。



先週も来てくれていたんですが、何故か 来るたびに



会うという タイミングです。



会長と僕の親父は 酒を飲んだり ゴルフをやったりという



仲です。 その会長が 喋る事の出来ない親父に



いっぱい話しかけていました。



「 お前が 飲み屋にこんと 店が潰れてまうがや 」



「 一緒にゴルフ行こうな 」



「 俺より とうも若いのに 何やっとる? 」



いろいろ励ましの言葉をかけてくれていました。



親父が手を挙げて 二本指をたてました。



そして 何かいったんですが 僕にはわかりませんでした。



その指をみた会長は



「 二か月で治すんか? おー がんばらないかんぞ 」 と



声をかけていました。



今 僕の親父は 飲みこむことができません。



なので タンが喉にたまり 自分で吐いたり 吸引してもらったり



してます。



会長がいる時に 会長は ずっと親父の手を握り



声をかけてくれていました。



僕は 親父がリハビリでもっといっぱい 話せなくても



話さなくてはいけない事 動かなくても 手足を動かそうとしなければ



いけない事を知っているんですが 



みっともない所を見せたくないという 親父の気持ちがわかるから



親父がタンをはいて 口の周りにタンが残ったときや



何かを取ろうとして とれなかったときなど



見て見ぬふりをしていました。



でも 会長は 親父がタンを吐きだそうとすると



即座にティッシュをとり 口にあて 吐きだしたものを拭きます



70のじじいと60のおっさんが 二人で手を取り合って



口を拭いたり 足をさすったりしてました。



僕はその光景を見て 言葉にするのが難しいんですが



とても情けなく思いました。



僕が帰る時に 「 じゃあ 行くわ 」 というと



軽く手を挙げて うなずきます。



救急車で搬送されている時に 救急隊員の言う事を聞かず



「 息子の家から遠くなるから 日赤にしてくれ 」 と言っていた



親父が 誰よりも 寂しがり屋の彼が



ただうなずくのも 男の意地だとわかっています。



こんな時 母親がいたらなぁ とか 嫁さんとうまくいっていたらなぁ



とか いろんな事を思いますが



はたから見ていると



会長のように 心から温まる 情をもらっている親父は



ある意味 幸せ者で



いつか 回復した時には 



そういう いろんな人の想いを感謝にかえて



今後の人生の糧にして欲しいなと



そして 僕自身は



彼が入院した時にも思ったように



何かを学ばなければならないと



また 思いました。