こんばんわ 今の今まで 師匠のポッドキャストを聞いていました。
その中で 死についての回があったので 興味深く聞いていると
以前 野口先生のブログでも言っていたように 人は二度死ぬ という事や
残るものは 物ではなく 与えたこと だと言っていました。
僕もそう思っています。 与えたことの大きい人は この先の未来ずっと
忘れられることはない 人が二度死ぬとは その人の肉体が滅ぶ
一回目と 誰からも忘れ去られる 二回目の死の事です。
織田信長や 秀吉 家康 坂本龍馬など
日本という国が存続する以上 二度目の死を迎えることが 確実にないだろう
人は 何人もいるでしょう。
その考え方には さっきも書いたように 僕も共感しています。
そして 人間という動物誰もがもつ 自己重要感の観点から言っても
間違いないと思います。
でも 僕自身も含め 僕の周りの人は 目先の事にとらわれ
何かしたら すぐに結果として返ってくることばかりに執着して
本来 必要である 師匠もよく言う 天命追求型の生き方をするんであれば
必然的に いわゆる 地道な努力や 影の努力に価値を置くことになるはず
うちの従業員でも よくいるんですが
僕の前ではやる 僕が居ないとやらない
人前ではやる 人が居ないとやらない
これが さっき書いた 目標達成型と天命追求型の違いです。
比較の社会で生きてきたから 相手があると 目に見えない誰かに縛られ
相手からの評価を気にして行動する
逆に 比較の社会で生きてきたからこそ 相手がいようといまいと
常に自分という人間がどうあるかという 自分軸に沿って生きる
前者側の僕は ここ何年かで 後者側であろうとしています。
そんな中 死について考えていたら ふと 自分が与えられてきたことは
どんなことがあるのか また その中で 与えていきたいことは何なのか
これを 考えてみようと思いました。
なので 考えがまとまり次第 その点について 書いていきたいと思います。