こんばんわ



親とは 木の上に立って見る と書きます



僕は 16歳のときに 母親がいなくなったので



今は 父親一人です



今日 親父と 子供と飯を食ってきました



親父の車の ハンドルの前には 



何年か前の 子供がクリスマスで撮った写真が飾ってありました



目に入れても痛くない



こういう表現をしますが そういう事なんでしょう



きょう 親父に 死ぬことって どう思う?



と 聞こうと思ったんですが 聞けずじまいでした



僕のおじさんが 末期がんで 入院して 最後にまともにしゃべりました



子供が 歯が抜けきったおじさんに



『 おっきいじいじ 歯がないよ 』と言いました



おじさんは 『 おっきいじいじは もう 歯がいらないんだよ 』と



言っていました。



死ぬことは 人は誰でもわかっています



でも いつ死ぬかは わかっていません



その 人生のゴールが決まったとき



人は何を思うのか?



最後に 『 おじさん 心残りはある? 気になることはある? 』 と



聞いたときに



息子の キヨノリだけは 気になる と 言っていました



でも キヨノリは 通夜にも 葬式にも出ませんでした



何が良くて 何が悪いのか



偏ったうちの家系では 答えは出せませんでしたが



今思うと これも 人生



人生は難しい



うちの親父が 死んだとき せめて



心残りがないように したいもんだと



ふと 思ったので書いてみました



クソ親父へ