先日 行ってきた カンボジアについて




そろそろ まとめ始めようと思います。




向こうに滞在している間 僕は日記を書いていました。




それは まだ 読み返していません。




いったん 僕が感じた記憶の中の事を




書いてみて そのあと 読み返して




当時の僕と何がかわったのかを




自分自身で振り返ろうと思います。




感想は 一言でいうと 「 なんだそれ? 」 っていう感情が




一番強く残っています。




というのも 小学校に言ったら びっくりするくらい




子供が小さい 平均寿命は57歳




貧困層は 3歳くらいから 働く




不衛生極まりない環境 10$で売春する人達




物乞いをする子供たち 着る服もない子供




親の命令で売春する女の子




こんな風に 子供を持つ僕にとっては




正直 心苦しいことがいっぱいありました。




でも 僕が言ってきて モチベーションが がくんと下がったのは




その周りにいる 大人たちをみて 愕然としました。




子供が物乞いをしている後ろで 笑って話す親連中




仕事がないからと 昼間から 遊んでいる 大人たち




客をただ 待つだけの 連中




売ろうともしない物売り ボランティアを仕事で見ていて




「給料が安いから」 という 現地ボランティア




役人になって もっと楽をしたいという 校長先生




子供に売春させて その金で生活し働かない 親




こっちが解体屋として 物資を送りたいと言っているのに




「それ商売でやりたい」 そして 「それで生活が楽になる」という




現地ガイド 




あくまで 僕の主観にすぎませんが




そいういった 矛盾といっぱい 出会ってきました。




経験上行ってよかったんだと思っていますが




正直 意味がわからん そんな感じです。




確かに 仕事の種類も少ない 仕事量も少ない




でも たとえ 安くても 働け!




少なくとも 働こうとしろ!




昼間っから 子供働かせて 




お前ら何やっとんだ! 政府は何をやっとんだ!




こんな 感情です。




戦後の日本は 国民みんなに 向上心という言葉では




足りない 何て言っていいのかわかりませんが




みんなが強い意志の元 必死で働いて 今の時代を




築いたということを 僕は知ってます。




僕は勝手に そんな感じを求めていたんだと思います。




必死で生きている人にしかだせない オーラを




ひしひしと感じて 僕も そのエネルギーをもらって




氷室建設で稼いだお金を どうつかうかという




会社の出口を見つけ 人生の大いなる価値が




見つかって 社内一致団結して




不良 前科者 親不孝者 天涯孤独な人 嫌われ者の




僕たちでも 世の中の役に立つことができるんだと




そんな生きている実感を糧に さらに 発展していくことを




夢見た僕は 見事に打ち崩されました。




僕の認識が甘かったのか それとも 僕の人間力が乏しかったのか




僕にはわかりませんが




少なくとも 僕は ああいう大人になりたくないと




強く思いました。