SHANTI HOUSE -17ページ目
記憶の中の私が
したはずのことも
記憶の中では「私らしい」
はずのことも
今この時に
全く同じで存在する
ことなんてないのですね。
人生には、
思い通りに進めない時に
理由が欲しいことがあるけど。。
今を生きるのに
理由なんて
必要ないのかもしれません。
「今」にはすべてが含まれている。
いつかの私の
流した涙、
思い切り笑った日、
見あげた空、
抱き合った感触
葛藤も不安も喜びも
今の私にすべてある。
だからこそ、
いつかの私は
もうどこにもいない。
体験できるのは、
いつだって
今の私だけ。
一番新しくて一番豊かなこの私。
今に生きることは、
そんな私を信じること。
過去に理由を探さず
未来の結果にこだわらず
ただただ心のままに
今に任せていること。
そんな風に生きる時
満たされているかを
問う必要もないくらい
幸せに生きている気がします。
思い通りにいかない理由を
探す時に
ふっとそんなことを
思い出すことが
多くなりました。

このところずっと書いてきた
亡くなった友達のこと。
まだ時々、何かのきっかけで
涙がブワッと溢れてきます。
そうすると、私は彼女に
話しかけ、心で会話します。
今日も大切な、
心で感じるメッセージを
受け取りました。
「あなたのありのままの
素晴らしさを思い出して!
躊躇なく、あなたの優しさを
みんなにシェアしてね。
そこに癒しがもたらされる。
泣いてる暇ないわよ!」
そんな風に励まされて、
逆に大泣き、苦笑。
彼女とした、
深い深い人生と魂の話。
泣きながら思いの丈を
伝えあった日。
彼女のテーマでもあった
「ありのままの自分を愛す。
心のままに生きる。」
本当に勇敢に生きて、
優しく颯爽と風のように生きて、
こんなにも愛を残してくれました。
小さい頃から、
「優しいさっちゃん」だった私、笑。
それがいつしか重荷で、
本当の優しさってなんだろう??
とずっと考えてきました。
自己満足なだけの優しさなら
いらないんじゃないか?
と幼心に感じていました。
今でも優しさの
ピンポンダッシュを
時々やってしまいます、笑。
でも今になり、わかることは、
すべてが自分のためで当たり前、
ということです。
だから、優しくしたければ
すればいい。
伝えたい言葉を伝えればいい。
自分がしたいことをすれば
いいだけなのです。
彼女はそんな風にいつも
優しさを届けてくれました。
心に素直に生きることは
自分のために生きること。
そして、それが出来るとき、
自分と人との垣根はない。
関係性で生きることを超えて
ただ今にいる瞬間。
どう思われようとも
何の取引がなくとも
満たされている瞬間。
喜びと感謝が溢れてくる。
この大切な別れで、
そんな自分でいることへの
躊躇を捨てて!
と彼女から言われた
気がします。
あぁ、ずっとこのままで
いてもいいんだ。。
そんな風に、
日々、何だか、
覚悟が固まってくるような
感じです。
自分が満たされている時、
例えば、
浮かんでくる感情や思考は
だいたい明るい。
穏やかな口調で
優しい言葉を話している。
だから、
ますます満たされていく。
自分が不安や不満に感じている時、
例えば、
イライラから子供に八つ当たり
掃除しながらスネをぶつける、笑。
文句が次々に浮かんでくる。
当然どんどんネガティヴに。
これは私のあるあるですが、
きっとみんなも。。?
ということは、
何事もまずは
自分の心を満たすことから、
ホッとさせてあげることから
始めればいいに違いない。
何かを、誰かを
何とかどうにかしようと
する前に、
自分の心を受け止めて
優しい気持ちになってあげる。
誰かにじゃなくて、自分に。
それだけで、
ほとんどのことは解決する
かもしれない。
最近しみじみ感じています。
みんなみんな、もう一人の自分
なんですもの。
今日、鎌倉から暖かい贈り物が
届いたんです。
まめやのお豆さんたちと、
引っ越しする日に、
家の前で撮って下さった写真。
あの日、
私はもう本当にヘトヘト
に疲れ切っていたはずなのに、
写真の中の私はとても
嬉しそうに笑っていました。
自分で驚くくらい、
きっとそれまでよりずっと
鮮やかな表情で、
開かれた顔して笑っていました。
そんな写真を見ながら、
人生ってそんなもの
なのだろうなぁと思いました。
大変だ、大変だって
思っている時でも、
実はたくさん笑っている。
色鮮やかな感情に揉まれて
人生を楽しんでいる。
あの時に、家族や友達に
たくさん助けてもらって
送り出してもらったこと、
そして、私はそんな暖かい
つながりの中でいつも
生きていること、
あらためて、思い出させて
もらった気がします。
日本とタイの距離。
天国と地上の距離。
それは時々私を切なくさせますが、
そんな距離をも簡単に
超えていくのが
人と人とのつながり。
心の中にある、暖かい、
本当に暖かい
大切な人とのつながりで
私はどこにいても幸せです。
会えなくても触れなくても
それは変わらない。
すべてに、ありがとう、です♡

あの日の私。
自分の人生の主役は
もちろん自分です。
他のすべての人は
脇役です。
そうすると、誰かの人生に
とっても
自分は脇役でしかありません。
我が子であってももちろん、
一番近くにいる脇役、
母さん役の人、笑。
あれ??何か寂しいような?
そんな気もします、笑。
でもやっぱりそれが真実です。
自分以外の目でこの世界を
見ることはできないし
自分以外の心でこの世界を
感じることもできません。
自分以外の人間になって
自分の命を生きることは
ありえないのです。
でも時々、それを忘れます。
もし〜さんのようだったら
こんなに苦しまなくて済んだ。。
もし〜さんのようだったら
楽に生きられるだろうに。。
などと、気づくと自分以外の
誰かを主役にした世界に
入り込んでしまう。
でもその誰々さんが、
自分より、
どんなに素敵で凄い人でも
どんなに強くてへこたれない人でも
自分の人生を豊かにして
くれている脇役に過ぎない。
あの人が主役で
私は脇役ってことは
ありえないのですよね。
それをふっと体感するように
なって、
日々感じています。
どの人の人生も同じ重さで
同じだけの愛の量でできている。
今この宇宙に生まれている
命の一つ一つが主役。
だから、もし自分が
どこか満たされないでいる
ならば、
じゃあ私はどう生きたい?
今どうしたい?
どんな好きを選ぼう?
この世界をどんな風に楽しもう?
そう訊いてあげるだけ。
自分の人生を生きることが
どれほど大切なことか
そして
どれほど自由で素敵なことか
今ひしひしと感じています。
私の中で何かがガラッと
変わっていく日々の中に
いるようです。

