ま、いいや
の記事に書いた通り、
いろんなことが、ま、いいや
になっていくと、
それ、もうどうでもいいよね?
ということが突然増えてくる。
掌に握っていると思っていた
ものたちも、
実際には、
残り香のようなものだった。
さっき怒った私を握りしめて
いると
次の瞬間も怒っているが、
握らずに流していると
次に口を開くときは
もう穏やかな私に戻っている。
そうすると、
「わたしおこってるんだからっっ」
って言いたかっただけなんだなと
知るわけです。
人生のほとんどがそれだった
んだなと。
いつまでも同じことで悲しんで
いることなんて、
本当はできない。
いまをいきる
わたしをいきる
それは、
なんの自分が掴んだものにも
誰かの掴んでいる信念にも
しばられていないときに、
気付かないうちに起こっている。
そうしよう!と思っても
できなくて。
むしろ、そうしよう!
がない時に起こるもの。
なのだと思うと、
ま、いいや。
だらけの世界になっている、笑。
握った掌をひらくと
そこには掌だけがある。
の記事に書いた通り、
いろんなことが、ま、いいや
になっていくと、
それ、もうどうでもいいよね?
ということが突然増えてくる。
掌に握っていると思っていた
ものたちも、
実際には、
残り香のようなものだった。
さっき怒った私を握りしめて
いると
次の瞬間も怒っているが、
握らずに流していると
次に口を開くときは
もう穏やかな私に戻っている。
そうすると、
「わたしおこってるんだからっっ」
って言いたかっただけなんだなと
知るわけです。
人生のほとんどがそれだった
んだなと。
いつまでも同じことで悲しんで
いることなんて、
本当はできない。
いまをいきる
わたしをいきる
それは、
なんの自分が掴んだものにも
誰かの掴んでいる信念にも
しばられていないときに、
気付かないうちに起こっている。
そうしよう!と思っても
できなくて。
むしろ、そうしよう!
がない時に起こるもの。
なのだと思うと、
ま、いいや。
だらけの世界になっている、笑。
握った掌をひらくと
そこには掌だけがある。