今日はこの数日とうってかわって春を思わせるような暖かな日差しが降り注いでいました。

いろいろと用事を済ませてから、久しぶりに大好きな江ノ島の海を見に行き、少しだけ日向ぼっこして帰ってきました。

金曜日に出掛けたのはすごく久しぶりで何だか不思議な気がしましたが、シャンティハウスの活動を自分がどう感じ、どうしていきたいのかを見つめるのによい日になりました。


昨日の記事「自分の船」で書いたことの続きになりますが、「~するべき」で生きてきた私がいました。

今はというと、優大から教えてもらったことや自分を見つめる沢山の気付きの中で、時間を掛けてようやくありのままの自分でもいい!と思えるようになりました。

すると身体も見違える程強くなりダウンすることもなくなりました。

毎日を感謝と共に満ち足りた気持ちで過ごしています。

でもね、疲れたり迷ったとき、気付くとやっぱりこの~べきが顔を出します。

そして意味もなく、誰かのために、頑張ろうとする。

誰かのために、は本当のところは、誰かから愛されたくて認められたくて・・です。

私の場合はこれプラス、役割(使命)を果たさなければいけないという想いも強いです。


でもやっぱり本当はやらなくてはいけないことなんて、ない。

「やりたいこと」と「やりたいことをやるためのこと」だけをやればよい。

そう思います。


子ども達に「人の嫌がることはやめなさいね」と教えます。

それで思ったのです。人の嫌がることだけじゃなくて「自分の嫌がることはやめる」これってすごく普通のことなんじゃない?って。

もちろん「自分のいやがることはやらないで、好きなことだけしなさい」と言われたことがある人は現代の日本では殆どいないと思います。

でも、自分にどれだけの嫌なことをさせてきたのかな?と少し振り返ってみて下さい。

私は想像してかなりひくくらいです。。。苦笑。

本当は相手と同じくらい自分も大切な存在なのですよね。どうしてすっかり忘れてしまったのだろう?

でも一人一人の意識が変わればきっと、自分も満足、相手も満足、そんな世界がつくれると思うのです。


昨日、自分の船を漕ぎ出すことは、自分の命を生きることと書きました。

その中でも一番大切なのは、「自分の幸せの責任をもつ、自分を自分で満たすこと」だと思うのです。

誰かやいつかを責めたり、誰かやいつかから与えられるものを待ったりせずとも、人の船に乗らずとも、自分の船に乗ればよい。

自分の船を懸命に目一杯楽しんで漕いでいる時に人の船の不満なんて感じることはないから、最後にはみんなが満足している世界になると私は思います。

乗った船には限りない選択の自由が任せられている。

幸せでいようと思えば幸せに、満ち足りていようと思えば満足に辿り着く。

一日に一つでもまずは自分の「したいことをする」「嫌なことを止めてみる」

船は揺れたっていいのです、風が吹き波がたち揺れるのが自然なのだから。

揺れながらも目的地だけを見失わずに自分の船を漕ぎ出す。

今の私の大きなテーマです。


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