昨日のshanti night は直前のお誘いに応えてくれたママ達と沢山笑って楽しい時間を過ごしました。
来月も開催するので今回行きたいと言って下さった方々とまた楽しい時間を過ごせればと思います。、今度は早めにお知らせしますね、笑。
ママのお家飲み会、休日には外飲み会もきっと開催しているママさん達も多いと思います。
私はずっと介護と子育てでなかなか出る機会がなかったし、ママとしてやるべきことをこなすのが先だと思っていたので、今ママになって初めてそんな時間を堂々と心から楽しもうと思えたところなのです。
ママって仕事は、やらなければならないことの連続で、だから毎日がとっても面倒臭いことだらけ・・。
しかもそこにはお給料も誰からの評価もないのです。全ては自分次第。
時々とっても孤独で、途方に暮れて、逃げ出したくなることもある。
それでも笑って頑張るんだって思っていました。
でも、優大が亡くなってからの日々の中で、本当にやらなければいけないことばかりなのかなって思うようになりました。
少なくとも私はずっと自己犠牲の上にしか母親業はできないと思っていたからこそ、そこに疑問を持ったのです。
それで決めてみたんです。
やりたいこと、と、やること、だけにしようって。
ママになりたくて子どもを授かりました。
だからママをやっていたい。
じゃあ後はやるだけ。
そして、ママとして、どうあるべきはもういらないよなって思いました。
私は今家族と生きていて、とても幸せなのです。
後は私がどう生きたいかだけが大切なのだなぁと今深く感じています。
大切な我が子・・の延長線上の依存は簡単におきてしまう。私はそうでした。
子どもと自分をわけて見ることができなくて、一心同体で大切だって思うけれど、これはやっぱりどこか偏っているなって感じていました。
だって自分というものがどこにあるのかわからなかったから。
優大を預けるのが心配で一度もレスパイトを利用することができませんでした。
もしこの子に何かあったらどうしよう、その前にできる限りの警戒をしておこう、側から離れないように、何が起こっても想定内にしておけるようにもっと警戒しなくちゃ・・。
緊張がとれることがなくて眠れないし、いつも首がガチガチで胃腸も上手く働かなくて。。
私は私としてどう生きればいいのかなってずっと葛藤していました。
どうあるべきかを探し続けていました。
でも本当はあるべきかなんて見つけることができなかったのですよね。
ただどうしたいかって自分にきいてあげればいいだけだった。
優大はもう育てることができないけれど、いつもそばにいてくれて。
下の子達はすくすくと育っています。
次男が交通事故に遭って全く傷が残らない軽傷で澄んだ時にも、目が覚めるような思いがしました。
どんなに心配して育てていても交通事故を防ぐこともできないけれど、息子は無傷だったという現実。
私がコントロールしようとしていることはなんなのだろう??って。
この子にまで何かあったら私はどうしたらいいの・・という心の奥にあった恐怖を目の前につきつけられて。
そして聞こえてきたのは、全ては起こるべくして起こり、なるようになっている、という声。
ママもう大丈夫だから、ママはママの人生を全力で生きてね!と優大から言われているように感じました。
じゃあ私はどう生きたいの?そう何度でも自分に問いかける日々が始まりました。
子どもに育ててもらって母をしている私は、本当はその役割にどれだけ助けられてきたのだろう。
でも子どもを守ることに育てることに向き合うだけの私はもう卒業しよう。
私がわたしらしく生きている姿を3人の子ども達にも見て欲しいから。
だからやれるだけのことをやってみよう、私にしかできない人生を楽しんでチャレンジして生きてみよう、そう思いまいた。
ママが笑っていれば、夕飯がレンチンでも子どもは全然気にしてない。
できなくてごめんね~と言えばいいだけだったりします。
私がへんなプライドのもとに自分を縛りさえしなければ、ママをやっていたって私は自由なのです。
ママが笑っていてさえいてくれたら、子どもも笑っている。
ママが楽しんで生きていれば、子どもの未来にも希望がどんどん増えてくる。
まずは自分が幸せでいることから。そこから始まる世界を見てみたいと思っています。
来月も開催するので今回行きたいと言って下さった方々とまた楽しい時間を過ごせればと思います。、今度は早めにお知らせしますね、笑。
ママのお家飲み会、休日には外飲み会もきっと開催しているママさん達も多いと思います。
私はずっと介護と子育てでなかなか出る機会がなかったし、ママとしてやるべきことをこなすのが先だと思っていたので、今ママになって初めてそんな時間を堂々と心から楽しもうと思えたところなのです。
ママって仕事は、やらなければならないことの連続で、だから毎日がとっても面倒臭いことだらけ・・。
しかもそこにはお給料も誰からの評価もないのです。全ては自分次第。
時々とっても孤独で、途方に暮れて、逃げ出したくなることもある。
それでも笑って頑張るんだって思っていました。
でも、優大が亡くなってからの日々の中で、本当にやらなければいけないことばかりなのかなって思うようになりました。
少なくとも私はずっと自己犠牲の上にしか母親業はできないと思っていたからこそ、そこに疑問を持ったのです。
それで決めてみたんです。
やりたいこと、と、やること、だけにしようって。
ママになりたくて子どもを授かりました。
だからママをやっていたい。
じゃあ後はやるだけ。
そして、ママとして、どうあるべきはもういらないよなって思いました。
私は今家族と生きていて、とても幸せなのです。
後は私がどう生きたいかだけが大切なのだなぁと今深く感じています。
大切な我が子・・の延長線上の依存は簡単におきてしまう。私はそうでした。
子どもと自分をわけて見ることができなくて、一心同体で大切だって思うけれど、これはやっぱりどこか偏っているなって感じていました。
だって自分というものがどこにあるのかわからなかったから。
優大を預けるのが心配で一度もレスパイトを利用することができませんでした。
もしこの子に何かあったらどうしよう、その前にできる限りの警戒をしておこう、側から離れないように、何が起こっても想定内にしておけるようにもっと警戒しなくちゃ・・。
緊張がとれることがなくて眠れないし、いつも首がガチガチで胃腸も上手く働かなくて。。
私は私としてどう生きればいいのかなってずっと葛藤していました。
どうあるべきかを探し続けていました。
でも本当はあるべきかなんて見つけることができなかったのですよね。
ただどうしたいかって自分にきいてあげればいいだけだった。
優大はもう育てることができないけれど、いつもそばにいてくれて。
下の子達はすくすくと育っています。
次男が交通事故に遭って全く傷が残らない軽傷で澄んだ時にも、目が覚めるような思いがしました。
どんなに心配して育てていても交通事故を防ぐこともできないけれど、息子は無傷だったという現実。
私がコントロールしようとしていることはなんなのだろう??って。
この子にまで何かあったら私はどうしたらいいの・・という心の奥にあった恐怖を目の前につきつけられて。
そして聞こえてきたのは、全ては起こるべくして起こり、なるようになっている、という声。
ママもう大丈夫だから、ママはママの人生を全力で生きてね!と優大から言われているように感じました。
じゃあ私はどう生きたいの?そう何度でも自分に問いかける日々が始まりました。
子どもに育ててもらって母をしている私は、本当はその役割にどれだけ助けられてきたのだろう。
でも子どもを守ることに育てることに向き合うだけの私はもう卒業しよう。
私がわたしらしく生きている姿を3人の子ども達にも見て欲しいから。
だからやれるだけのことをやってみよう、私にしかできない人生を楽しんでチャレンジして生きてみよう、そう思いまいた。
ママが笑っていれば、夕飯がレンチンでも子どもは全然気にしてない。
できなくてごめんね~と言えばいいだけだったりします。
私がへんなプライドのもとに自分を縛りさえしなければ、ママをやっていたって私は自由なのです。
ママが笑っていてさえいてくれたら、子どもも笑っている。
ママが楽しんで生きていれば、子どもの未来にも希望がどんどん増えてくる。
まずは自分が幸せでいることから。そこから始まる世界を見てみたいと思っています。
