梅雨寒のようなお天気、夏はどこへ行っちゃったのでしょうね。

野菜が異常に高いのはそのせいなのでしょうか?レタス一玉250円出してもなんだかしょんぼりしたものしか買えないので諦めて、大好きなサラダがなかなか食卓に上がらないな~。

庭のキュウリでも食べていようっと。

そういえば在来種のキュウリの味に最初はとまどいましたが今ではすっかり馴染んで、最近は厚めにスライスして塩とオリーブオイルで美味しく頂いています。

料理好きの次男と一緒に収穫したキュウリにタマネギも加えてペペロンチーノを作ったりもしました。

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育った株の様子を見ていると、てんとう虫や亀虫、いろんな蝶や蛾、カマキリ、本当に沢山の生き物がキュウリの周りにいつも生息しています。

農薬も肥料もなく、害虫に強くした遺伝子組み換えもないけれど、不思議と病気になることもなく、枯れることもなく実を付けてくれます。

様々な虫達が美味しそうに黄色い花の蜜を吸っている様子は、大きな自然、海や山とはまた違う自然の摂理を教えてくれます。

庭の土から這い出てきた蝉の幼虫を見たり、抜け殻を何十個も見つける度に蝉さんの一生を思ったり、笑。



海の前に立ち刻々と移り行く空を眺める時や、日に日に育っていく野菜を見ていると、いつの時もハッとする新しい感動があります。

それは、片時も「同じ」ということがないからなのかなと思ったりします。

あるがままの自然は変化するのが当たり前。

でも、空が空でなくなることはなくて、キュウリがキュウリでなくなることもない。

同じ瞬間はないけれど、変わることのないもの。

変化を恐れて、歩みが遅くなる自分への大切なメッセージだなぁと。

私が何をしようが、私という存在自体はいつも変わることがない。

誰かにとっての私のイメージや期待通りに変わらないでいることは、とっても不自然なことなんだろうなぁと今更ながらに思えるようになって。

そもそも本当は、縛られていたのではなくて、自分がその役割やイメージにこだわって留まっていただけなのだろうな。

あるがままの自然の中にいたら、解けていく感覚をもらいます。


自分の中にもある私だけの種の遺伝子、青写真を見つけたら、進む方向にまっすぐと伸びていくほうが自然なのだなぁと感じます。

変わらない私の光と共に、変わることに喜びをもって進もう。そんなことを思う今日の日です。


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