今日は息子も夫もそれぞれに試合や練習があり、娘とお留守番。

夏休みはみっちり子どもと過ごすので、自分一人の時間はとても貴重。

昨日は午後から私のリクエストで海に行ってきました。

一人じゃないけれど、海に行くととてもリフレッシュできるので、子ども達と一緒に夏の終わりのビーチを楽しみました。

我が家のお気に入り、葉山の森戸海岸に行ったのですが、砂浜と海の家はまだ賑わっていました。

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子ども達が遊んでいるのを眺めながら砂浜に座っていると、海と空、お日様と風、そんなもの達からたくさんのエネルギーをもらっている感じがします。

暮れて行く空を見ながら思います。

全てが完璧だなぁと。

私は今ここにいて、私の目に映る人達もみんなそれぞれの今ここを生きている。

みんな違う命、人生の道を歩みながらも、ここに生きている。

それが全てなんだなぁと思うと感謝の気持ちで心の中があったかくなります。

目に映るもの全てが愛おしくなります。



自分の中にある光を感じて、ありのままの自分を認めるまでに私は長い長い人生の旅をしてきたような気がします。

自分に正直であること、それがどれほど大切で、この誰でもないたったひとつの私の命を生きることだとやっと心から思えるようになりました。

すると、世界はもっと優しく映るようになったのです。



正しいことをしないと、強くならないと、頑張らないと、みんなに遅れないように、外れないように、誰かみたいにならないと・・・そんな色眼鏡で見る世界には、善と悪、優劣、仲間とそうでない人の区切り、その他の沢山のボーダー、境界線がありました。

愛に生きようと思っていても、自分をまるごと受け入れるという意味を知らなかった間、やっぱり何だか人生は難しい、どこまでも自由にはなれない厳しい学びが続くような気もしていました。

動くことも話すこともない、何かになろうとすることのない優大が見せてくれた命の輝きは、何も余計なものがなくいつも彼そのものであったからこそ、とてもはっきりと感じることができたのかもしれません。


全ての生きとし生けるものの中にある命の輝き。

その輝きは一つ一つが色とりどりの花火のようにどれも違っていて、ひとつとして同じ光はありません。

でも全てが同じ「光」という存在。海や空にある虹色の光を見ているとそう感じます。

私が全てて、全てが私。みんな違ってみんな同じ。

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私は出会う人が思わず笑った時の自然に溢れてきたその表情を見るのがたまらなく好きです。

その人がその人らしくキラキラ輝いている瞬間だなぁと思うから。

「光」と言うとちょっと漠然としたもののような気がするけれど、その思わずこぼれた笑みがその人の光そのものだなぁと私は感じるのです。

目の前にいる人の笑顔の瞬間に、私もその光を感じて、私の心の中にも光が反射してキラキラと輝くような幸せな気持ちになります。

太陽の光で空が輝くように、海がそれを反射してまた輝くように、人と人もまた照らし合い、輝き合っている存在だなぁと思います。


海にいてそんなことを感じて、また心に沢山栄養をもらった午後の時間でした。


さ、夏休みも残り一週間。宿題・・・外出禁止令が発動されそうな我が家です、苦笑。