台風は過ぎたのか、警報は解除された湘南です。
でもまだ風が唸っていて時折家が揺れています。
Facebookを見ていたら、雲間に浮かぶ満月の写真がチラホラ。今はここからはまだ完全に雲の中。
満月になる3時頃、明け方前の空を見るぞ~と意気込んでいる私ですが、早起きがね・・苦笑
明日はまた月曜日。
SHANTI HOUSE では、何も決まり事のない自由な子育ての場所をご用意しています。
お子さん連れでも遠慮なくゆっくり過ごしてもらえるSHANTI MOM DAY です。
15時くらいまでオープンしています。
この辺のみなさんは帰省中だけど、私はまだ家にいるのでのんびりオープンしていようと思います。
ほっと肩の荷を下ろして一休み、しに来て下さいね♡
予約は不要ですが、場所などのお問い合わせはこちらからお気軽にどうぞ。
◎◎◎ shantihouse33@gmail.com ◎◎◎
先日、息子のDVDを借りる際に「4本目を借りると大変お得ですよ!」の文句につい「あ、じゃあ~」と4本目を物色していて目に留まった「マザーテレサ」をようやく観ることができました。
淡々とした描写で綴られるマザーの歩んだ道のり。
当時、修道女がインドのスラム街で働くことはとても許されることではなかった時代。
マザーは反対を押し切り行動に起こします。周囲にその意味を身を以て伝えることで、孤独な活動を続けるマザーの周りに次々に奇跡が起こり始めます。
マザーテレサは貧しい人々、助けを求めている人々を救い出し、身寄りのない子どもを育てる家を作り、死に行く人に最期の安住の地を用意し、そして世の中から見捨てられた人の住む村を作りました。
いつの時も口にするのは「神様のご意志に従っているだけです」「神様のご意志ならば必ず現実となります」という言葉でした。
マザーが言います。「わたしのすることは大海のたった一滴にすぎないかもしれません。でもその一滴があつまって大海となるのです。」
そしてマザーが亡くなった後に、その意志を受け継ぐ人々が口ずさむ言葉。
「・・・慰められるよりも慰めることを。理解されるよりも理解することを。愛されるよりは愛することを。」
静かな言葉たち、でもその奥にある熱く強く深い想い、涙が流れて仕方ありませんでした。
子どもの頃、自分が一生を通じてやりたいこと、使命とはなんだろう?と頭で考えてみても答えはなかなか見つけられませんでした。
でも私が歩んで来た道の中の様々な場面にたくさんのキーワードがあったことに今になって気付きます。
特定の宗教を信じたことがない私ですが、とても小さな頃から神様の存在は何故かいつも側に感じ、祈る気持ちはいつも真剣でした。
家族が幸せで笑っていてくれますように、世界が平和で泣いている子どもがいませんように、そんな祈りを毎晩真剣に捧げていました。
神社に行って手を合わせる時にはいつも「世界が平和で全ての子ども達が安心して暮らせるようになりますように」と祈るのが普通でした。
変わった子どもだったのかも・・笑。
そして中学生の時にカンボジアの大虐殺のことを知り、ここが今一番助けを求めている子ども達がいるからここに行って何かしなければ!ととても強く思い立ち、そのままの思いで大学ではカンボジア語を専攻しました。
紆余曲折ありカンボジアに行くことはなく、優大を授かり、3人の母となり今の私がいます。
私が今ここで、世界の平和のために何ができるのかな、と考えた時、浮かんで来たのが自宅を開放するという今の活動でした。
この辺はもちろん平和ですし、困った人もいるようには見えないけれど・・苦笑。
本当に私がやっていることが意味があるのかは自分ではよくわかりません。
ただ、私は出会うことのできる人達と笑顔を交わし、心を通わせて、少しでも暖かい小さな光を灯すことができたらなぁと思います。
一人一人の心の平安、SHANTI が波紋のように広がって、やがて世界のはしっこまで笑顔の輪がつながっていくことをイメージしながら。
今の私にはまだまだ迷いもあるし、笑えない時だってある。
でも一生の願いであり続ける、平和な世界が見たい、みんながありのままで笑顔で生きられる世界が見たい、という想いはきっと私を導いてくれるのだと今は信じています。
最期に私の大好きなマザーテレサの言葉を。
「たいせつなのは どれだけたくさんのことをしたかではなく どれだけ心をこめたかです」
でもまだ風が唸っていて時折家が揺れています。
Facebookを見ていたら、雲間に浮かぶ満月の写真がチラホラ。今はここからはまだ完全に雲の中。
満月になる3時頃、明け方前の空を見るぞ~と意気込んでいる私ですが、早起きがね・・苦笑
明日はまた月曜日。
SHANTI HOUSE では、何も決まり事のない自由な子育ての場所をご用意しています。
お子さん連れでも遠慮なくゆっくり過ごしてもらえるSHANTI MOM DAY です。
15時くらいまでオープンしています。
この辺のみなさんは帰省中だけど、私はまだ家にいるのでのんびりオープンしていようと思います。
ほっと肩の荷を下ろして一休み、しに来て下さいね♡
予約は不要ですが、場所などのお問い合わせはこちらからお気軽にどうぞ。
◎◎◎ shantihouse33@gmail.com ◎◎◎
先日、息子のDVDを借りる際に「4本目を借りると大変お得ですよ!」の文句につい「あ、じゃあ~」と4本目を物色していて目に留まった「マザーテレサ」をようやく観ることができました。
淡々とした描写で綴られるマザーの歩んだ道のり。
当時、修道女がインドのスラム街で働くことはとても許されることではなかった時代。
マザーは反対を押し切り行動に起こします。周囲にその意味を身を以て伝えることで、孤独な活動を続けるマザーの周りに次々に奇跡が起こり始めます。
マザーテレサは貧しい人々、助けを求めている人々を救い出し、身寄りのない子どもを育てる家を作り、死に行く人に最期の安住の地を用意し、そして世の中から見捨てられた人の住む村を作りました。
いつの時も口にするのは「神様のご意志に従っているだけです」「神様のご意志ならば必ず現実となります」という言葉でした。
マザーが言います。「わたしのすることは大海のたった一滴にすぎないかもしれません。でもその一滴があつまって大海となるのです。」
そしてマザーが亡くなった後に、その意志を受け継ぐ人々が口ずさむ言葉。
「・・・慰められるよりも慰めることを。理解されるよりも理解することを。愛されるよりは愛することを。」
静かな言葉たち、でもその奥にある熱く強く深い想い、涙が流れて仕方ありませんでした。
子どもの頃、自分が一生を通じてやりたいこと、使命とはなんだろう?と頭で考えてみても答えはなかなか見つけられませんでした。
でも私が歩んで来た道の中の様々な場面にたくさんのキーワードがあったことに今になって気付きます。
特定の宗教を信じたことがない私ですが、とても小さな頃から神様の存在は何故かいつも側に感じ、祈る気持ちはいつも真剣でした。
家族が幸せで笑っていてくれますように、世界が平和で泣いている子どもがいませんように、そんな祈りを毎晩真剣に捧げていました。
神社に行って手を合わせる時にはいつも「世界が平和で全ての子ども達が安心して暮らせるようになりますように」と祈るのが普通でした。
変わった子どもだったのかも・・笑。
そして中学生の時にカンボジアの大虐殺のことを知り、ここが今一番助けを求めている子ども達がいるからここに行って何かしなければ!ととても強く思い立ち、そのままの思いで大学ではカンボジア語を専攻しました。
紆余曲折ありカンボジアに行くことはなく、優大を授かり、3人の母となり今の私がいます。
私が今ここで、世界の平和のために何ができるのかな、と考えた時、浮かんで来たのが自宅を開放するという今の活動でした。
この辺はもちろん平和ですし、困った人もいるようには見えないけれど・・苦笑。
本当に私がやっていることが意味があるのかは自分ではよくわかりません。
ただ、私は出会うことのできる人達と笑顔を交わし、心を通わせて、少しでも暖かい小さな光を灯すことができたらなぁと思います。
一人一人の心の平安、SHANTI が波紋のように広がって、やがて世界のはしっこまで笑顔の輪がつながっていくことをイメージしながら。
今の私にはまだまだ迷いもあるし、笑えない時だってある。
でも一生の願いであり続ける、平和な世界が見たい、みんながありのままで笑顔で生きられる世界が見たい、という想いはきっと私を導いてくれるのだと今は信じています。
最期に私の大好きなマザーテレサの言葉を。
「たいせつなのは どれだけたくさんのことをしたかではなく どれだけ心をこめたかです」
