卒業式の日に学校に行ってきました。

前日からやっぱり緊張してなかなか眠れず、朝には母乳の出が悪くなる程ナーバスになっていました。

あつきはバーバにお願いできたので安心して出発。ありがたい。

みおを連れての列車での移動は、ぐずった時の授乳も考えて特急の指定席をとったので思ったよりも快適でした。

式には間に合うようには行けなかったけれど、謝恩会からの参加。

クラスのみんなの晴れ姿が眩しく、ママ達のこれまでの頑張りを思うと何とも言えない気持ちに。

そしてゆうだいのために卒業証書を手作りしてくれていて、頂くことができました。

ゆうだいはきっとこの場にきているんだなぁと感じました。とても暖かい空間でした。

上手く言えないけれど、ゆうだいが生きていたことや死んだことも大きな流れの中で繋がっている、何かが断ち切られたということはないんだなぁと感じられた瞬間でもありました。


そう感じると同時にはっきりと現実を見ることもできました。

今は私のもとにはゆうだいはいない。もちろん学校にも。


学校は何も変わっていなくて、廊下を歩いていたら一瞬タイムスリップしたような感覚になりました。

通い慣れた学校の廊下の向こう、角を曲がった教室に、もしかしたらゆうだいが車いすに座っているんじゃないか・・そんな気がして。

そうだったらいいのに、ゆうだいに会えたらいいのに・・。

でもみんなの輪の中にゆうだいはいませんでした。当たり前だけど。


受け入れる、というのはこういうことなのかもしれません。

ゆうだいは一生私の最愛の息子だけど、私のゆうだいのママとしての仕事は終わった、もう卒業の時を迎えたのだと、初めてそう感じました。

私は、前に進まなければいけない、そう思いました。

全てが繋がっている、そう思えたからこそ現実を受け入れることができたのだと思います。

行くことができてよかった。みんなに感謝です。


今年の桜もやはり心躍るという気持ちではなかったけれど悲しい桜でもありませんでした。

季節は巡る、立ち止まることなく巡り、過ぎる。

何となく引き締まった気持ちで桜を見上げました。


今が新たなスタートの時。

人生を立派に卒業したゆうだいにいつか会えた時、胸を張って、ママも悔いなく生きたよと言いたいから・・・私も前に進もう。





ゆうだい、時々泣いてもいいよね、ありのままの私でいいんだよね、一緒に笑ってね・・。