突然ゴミ屋敷住人が家族になった時。 -2ページ目

母でもあり女でもあり。①

私が小学校4年生の時に、母は今の父と再婚をしました。



今の父と再婚する1年前、私が小学校3年生になった頃から同居生活が始まったのですが



まだまだ子供の私にとっては、当然大人の事情や恋愛などについては疎い年齢だったわけであせるあせる




今振り返ってみると、
あまり、よろしくない環境に置かれていたのだと思います汗





今の父と母と私。
3人での同居生活が始まると、それまでの母娘2人での生活は一変しました。



それまで暮らしていたボロアパートから、3LDKの鉄筋コンクリートの新築マンションに引っ越す事になり



空き地から野草を採る日もなくなり、食卓には必ず3品並ぶようになり、
父が好むような肉料理が多くなりました。




今までは誕生日なんてものとは無縁だったけれど、
その年の誕生日には、母手作りのバースデーケーキが食卓を飾りました。




今までの極貧生活とは比べようもないほど向上した暮らし。



そんな生活に憧れていたはずなのに……




私は嬉しさや満足感よりも、
孤独感と母の女としての匂いに、嫌悪感を持ち始めていました。






















生活保護。②

ダメ元で義父の生活保護受給を相談しに行った結果は………。



やっぱりダメであせるあせる


ダメどころか、申請さえ無理だったという汗
ほぼ門前払い状態ダウン
役所の担当者さんからは、予想通りの言葉しか返ってきませんでした。




義父のこれまでの状況を聞く前に、”申請は無理ですね~。”の一言。



’’こうやって、動いてくれる息子さん達がいるのだから。”



”必要なのは、あと2万ですよね?
奥さんが内職を頑張るとか、お姉さんが援助するとか、何とかなりそうじゃないですか?”



”もう一度、お父さんの兄弟と相談してみては?”



”とにかく年金も受給されていますし、お子さん達も働いていますし……

今までなんとかやってこれたのだから、もう少し頑張ってみて下さい。”



と色々言われましたが、諦めきれない主人と私。




受給が難しい事はわかりました。
でも、一応申請だけでもさせてもらえませんか?



とお願いしてみたけれども……




”先ほど話をしたように、受給は無理だと思うので申請しても……
とにかく、もう少し頑張ってみて下さい。”




担当者さんは同じ言葉を繰り返すだけ。
その場を動こうともせず、申請をさせてくれそうな気配は微塵も感じられないダウン



ちょっと位さ~~DASH!


ホント少しでもいいからさ~~DASH!



話を聞いてくれてもいいのにさ~~しょぼん



包括センターの担当者さんに勧められて来たんですよ⁇
って言ってみたけどあせるあせる



”あ~そうなんですか~~。”


って感じで終わっちゃったし汗
主人と2人、ションボリしながらホテルへと戻りました。





結局、義父の入院費用は
病院の特例措置?とかやらを適応してもらう事になりました。


嬉しさで舞い上がっていたので、どういった特例措置かは忘れましたがあせるあせる
とにかく、ご厚意により入院費用が全額免除となったのです!!



免除の手続きには、これまでの義父の生い立ちを書いて提出。
義父の過去1年間の預金通帳の履歴を出すなどしました。



市役所でドン底な気分になっていた私達夫婦に、またまた救いの手が~~✨


今までもですが、
色々な方達に助けられて、これまで何とかやってくる事ができました✨
本当に有難いです♪皆さんに感謝です♪




その後、義父の入院は当初の予定よりも長引く事となり



誤嚥性肺炎の治療をしてから、胃瘻栄養にするための造設手術を行い


胃瘻栄養を試したものの体調を崩し、点滴で血管から直接栄養を投与する事となり、
体調が戻ったところで胃瘻栄養に挑戦。




退院できる状態になるまで4ヶ月かかりました。




しかし、
4ヶ月がたち退院できる状態になっても、義父の入所施設は決まりませんでした。




行き先の無い義父は、
またまた病院のご厚意により、入所施設が決まるまで入院させて貰える事となりました。




それから3ヶ月。
義父が再入院をしてから7ヶ月後に、ようやく入所施設が決まり退院できる事になりました。




7ヶ月……。




義父が退院できて喜ばしいのですが……。




入院費用を自分達が負担する事になっていたら……と思うと


本当にあせる


本当にあせる


入院費用の免除は感謝しきれないほど、感謝です。



そして今回の入所も、

”措置入所”

という形となり、包括センターの担当者さんにも本当に感謝でした。



















生活保護。①

義父の再入院で浮上してきた問題。


退院後の入所施設の事。
入院費用の事。



特に入院費用については、支払日も迫ってきていて深刻な問題ですあせるあせる



義父に何かあった時の為にと、
以前に主人と義姉で出し合い、多少の蓄えはしていたけれど


その蓄えも全て前回の入院費用で消えてしまったガーン




前回の入院費用は、ひと月11万前後の請求でした。
入院費用に加えて、施設の費用も3ヶ月間支払っていたしダウン


施設は入院中であっても、食費を除いた費用を支払わなければならず、
義父の年金6万円では、入院費用と施設費用を賄えられるハズもなくあせるあせる


あの当時の私達としては、かなり頑張って貯めたつもりだったのに……
あっという間に消えたダウン




今回の入院費用も10万円位は請求がくるとしてあせる
年金の6万円を差し引いても4、5万円ほど足りない……。



義姉と折半したとしても、1ヶ月2万円ほどを負担しなければいけませんガーン



ただでさえ苦しい家計なのに……。


私は仕事を辞めて療養生活中。無職の身。


長野に行く交通費とかだって、やっと捻出して来ているのに。



2万の2。


って……
数にすると小さい数字なのにあせるあせる


我が家にとっては、とてつもなくデッカい数字叫び




ケースワーカーさんと包括センターの担当者さんに、とても払えそうにないと相談をしました。





”今までの経緯は重々承知しています。
今まで頑張ってこられたので、一度市役所へ行って生活保護の申請を出されてきては?
これ以上お父さんは、親戚の方々からも息子さん達からも援助が難しい状況ですから。''



包括センターの担当者さんからの言葉に、病院のケースワーカーさんも深く頷いています。



正直言って、今まで幾度となく義父を


’’生活保護’’


そうできないだろうかと思った事はあります。
しかし、施設探しの時に散々、



”こうして子供さんが動いてくれているんだから。

面倒を見る身内がいるじゃない。

身寄りの無い人が優先です。”



という言葉を聞いてきたから、自分達で何とかしなければ。
義父が生活保護を受給するなんて無理に決まっている。



そう思っていた私達は、思っていた事。本当にそんな事が可能でしょうか?と聞き返しました。





”とりあえず申請だけでも”


と進められて、市役所へダメ元で行く事にしたのですが………あせるあせる