推定上演時間: 40分
ジャンル: ダークファンタジー / シリアス / 兄弟愛
登場人物
ミケル(男): 兄弟たちの長男役。水属性。過保護で苦労人。フィシルを誰よりも愛していたが故に、処断せざるを得なくなる。
フィシル(男): 次男。かつては正義漢。平和な世界に「生の実感」を見出せず、狂気(刺激)へ堕ちる。
リブル(男): 三男。雷属性。口は悪いが根は臆病で優しい。フィシルの変化に一番戸惑っている。
ウィルル(男): 四男。風属性。温厚で平和主義。フィシルを信じ続けようとする。
メテル(女): 末っ子。岩属性。怪力で純粋。難しいことは分からないが、家族が大好き。
エンデル(不問): 神、あるいは観測者。淡々と、しかし残酷に問いかける存在。
序幕 観測者の独白
【シーン 真っ白な空間】
時計の針の音か、あるいは水滴が落ちる音か、一定のリズムで音が鳴り続ける。
エンデル :(語り) 罪とは何か。 法を犯すことか。他者を傷つけることか。 否。 「現(うつつ)」に於いて、最も重き罪とは……「変化を拒むこと」か、それとも「変化を望みすぎること」か。 これは、満たされすぎた器が、自らを壊すまでの物語。 そして、溢れた水が、再び器を探すまでの……愛の物語だ。
第一幕 楽園の記憶
【シーン 孤児院の居間・夕食時】
ウィルル :(鼻をくんくんさせて) うわぁ、いい匂い……これなぁに?
フィシル :インジスフィッシュの白身揚げだ。市場で一番でかいのを見繕って買ってきたんだぞ。今日は特製ソースもかけてやる。
メテル :えぇー……わちき、おさかな嫌ーい。骨あるもん。
リブル :(小声でボソッと) 好き嫌いばかりだから胸デカくなんないんだよ、お前は。
メテル : アァ!? 今なんて言った!?
ミケル : こら、メテル。しとやかにしなさい。食事の前だぞ。
メテル :はぁーい……。でもリブルがぁ。
リブル : ひっ……いや、あ、あくまで栄養学的な観点からの意見でして……!
フィシル :ははっ、本当にリブルはいっつも一言多いんだよな。ビビりなくせにさ。 この間だって、「伝説のモンスターを見る!」とか言ってゲントトの群れ見に行って、結局ゲントトに追い回されて泣いて帰ってきたじゃんか。
リブル :う、うるっせーよ! あれは探検だよ、戦略的撤退だ! それにフィシル、お前だって! いつも一人で勝手に市場に行って、ミケル兄貴に怒られてるだろ! 今日だってそうだ!
ドン!とミケルがテーブルを叩く
ミケル :……その通りだ。フィシル、おまえ、また俺に黙って一人で市場に行ったな?
フィシル : だってさ、みんな稽古でお腹空かせてるんだぜ? ミケルの兄貴が仕事終わるの待ってたら、市場が閉まっちまうよ。早く美味いもん食わせてやりたいだろ。
ミケル:それが、お前が一人で危険な市場へ行っていい理由にはならん。 最近は治安も安定してきたとはいえ、まだ路地裏には荒くれ者もいる。 ちゃんと俺が帰って来るまで待たないと……何かあってからじゃ遅いんだ。
フィシル :…… 過保護すぎんだよ、兄貴は。俺だって、もう自分の身くらい守れるっての。
ミケル :……(少し表情を緩める)
リブル :あー……あにきぃ、俺もお腹すいたよ。説教は飯を食ってからにしようぜ?
ウィルル :俺もだよぉ。冷めちゃうとフィシルの料理がもったいないよ。
メテル :わちきもお腹すいたー! 魚は嫌いだけどお腹はすいたー!
ミケル :お前達……ったく。お前らがそんなんだから、フィシルがつけあがるんだぞ? ……まぁいい。今回だけだぞ? ほら、フィシルも座れ。飯にするぞ。
フィシル : へへ、了解! さぁ食おうぜ!
皆 「いただきまーす!」「飯だー!」
フィシル(語り) (冷めた声色で) ……そうだ。 心の底から湧き上がる、あの時の楽しかった「熱」を覚えている。 美味い飯。温かい寝床。守ってくれる兄貴。慕ってくれる兄弟たち。 全てが満たされていた。完璧な円環の中にいた。 だが……満たされすぎた光は、やがて影を求めたのだ。 「明日もこれが続くのか」という安堵が、いつしか「明日もこれしか起きないのか」という絶望に変わるまで、そう時間はかからなかった。
第二幕 亀裂の予兆
【シーン 数年後・街外れの丘】
フィシル :……なあ、ウィルル。
ウィルル :ん? どうしたの、フィシル。
フィシル :この街、平和になったよな。
ウィルル :うん。ミケル兄さんが頑張ってくれたおかげだね。昔みたいに盗賊に怯えることもないし、魔物も減った。
フィシル :そうだな。……で、俺たちはこれから何をするんだ?
ウィルル :何って……この平和を守っていくんだよ。みんなで。
フィシル : 守る、か。 守るべき敵がいなくなっても、俺たちは「守るポーズ」を取り続けるのか? 俺たちが鍛えた魔法は? 研ぎ澄ませた感覚は? ただ、インジスフィッシュをさばくためだけに使われて腐っていくのか?
ウィルル :フィシル? ……どうしたの、怖い顔して。
フィシル :いや……なんでもない。 ただ、少し「足りない」と思っただけだ。
第三幕 裏切りの業火
【シーン 荒廃した古代の闘技場】
リブル : はぁ、はぁ、はぁ……ッ! おいフィシル! お前、正気かよ!? この闘技場に封印されてた魔獣を解き放ったのはお前なのか!?
フィシル : ああ、そうだ。結構手こずったぜ? 封印術式を解析するのに、ミケル兄貴の書庫が役に立ったよ。
リブル :ふざけんな! 街まで被害が出るぞ! どうしてだよ! 俺たちを裏切って、こんなことして何が楽しいんだ!
フィシル :ケッ。楽しさ? リブル、お前はまだ気づかないのか? お前らがありがたがっている「楽しいだけの楽園」はな、ただの温い泥水だ! 浸かっているうちに、魂がふやけて腐っちまう!
リブル :……訳わかんねぇこと言ってんじゃねえ!! お前がそっち側に行くなら、俺が止める! 【雷】迅雷を束ねる! 穿て、ヴォルテック・スタック!
フィシル :遅いな、臆病者の雷は! お前が「死ぬかもしれない」という恐怖、命をかけて俺と戦う苦痛を知るまで、その雷は俺には届かん!
リブル: ぐあぁぁっ!!
ウィルル: リブル!! ……フィシル、もうやめてくれ! 僕たちは、君を傷つけたくない!
フィシル :ウィルルか。 お前の風はいつも通り優しすぎる。撫でるような風だ。 その優しさこそが、俺をこの退屈な世界から救えない鎖だったんだよ!
ウィルル :僕は……君の優しさを取り戻す! 【風】吹き荒れる旋風の壁! テンペスト・シールド!
フィシル :優しい風じゃ、業火は消せない。むしろ火勢を強めるだけだと知れ! 【炎】 焦熱の牙!イグニス・ファング! ウィルル:うわぁぁぁぁっ!
メテル:ウィルル兄ちゃん! リブル! ……フィシル! わちき、フィシルが何で怒ってるか知らないけど……! ミケル兄貴が悲しむのは嫌いだよ! 家族をいじめるのはもっと嫌い!!
フィシル:メテル、お前のその純粋さは、今や最も醜いな。 お前はただ、与えられた安寧の中で、口を開けて餌を待っているだけでいいのか? そんなぬるま湯が永遠に続くとでも本気で思っているのか?
メテル:わちきは……わちきは兄貴たちといるのが好きなだけ! それの何が悪いの!? 【岩】大地の怒り! グラビティ・ナックル!
フィシル : いいぞメテル! その力、その憎しみのエネルギーだ! 「好き」なんて曖昧な感情より、「殺してやる」という殺意の方がよほど鮮明だろう!? もっとだ! もっと苦痛を、もっと俺に刺激をくれ!!
第四幕 最後の審判
【シーン 雨が降りしきる瓦礫の山。雷鳴が遠くで響く】
ミケル :(血を吐きながら、足を引きずって歩み寄る) ……そこまでだ、フィシル。
フィシル :やっと来たか、ミケル。 遅いよ。ヒーローってのは、もう少し早く来るもんじゃないのか? 見てみろよ、可愛い弟妹たちはもうボロボロだ。
ミケル: ……どうしてだ。 お前は、みんなを守る正義のナイトだったはずだ。 俺が目を離した隙に、何がお前をそうさせた?
フィシル:正義だと? ああ、そうだったな。 だがなミケル、あんな退屈な日々は、ただの虚構だった! お前たちと笑い合う毎日……「今日のご飯は何だ」「明日の天気はどうだ」……それは快楽の惰性だ! 何も生み出さない! 死んでいるのと同義だ!
ミケル:お前は、皆の笑顔を見て、楽しかったんじゃないのか! あの食卓で笑っていたお前は、嘘だったというのか!
フィシル :嘘じゃない! だからこそ絶望したんだ! 楽しいだけでは楽園は続かない! 痛み、喪失、裏切り……「苦痛」という強烈なスパイス(刺激)が無ければ、この人生は、この世界は、味がしなくなっちまうだろうが! 俺は、生きている実感が欲しいんだよ!!
ミケル : ……違う。お前は間違っている。 俺たちは、ただみんなといるだけで楽しかった。味気ない日々こそが、俺たちが命がけで手に入れた宝物だったはずだ。 より強い享楽を望み、皆を傷つけたのは、お前一人の弱さだ。お前の罪だ!
フィシル:罪だと? ハッ! ならば、俺は最高の罪人として、この世界を刺激してやる! ミケル、お前を殺して、俺は真に「生」を獲得する!
ミケル : ……もう、言葉は届かないか。 フィシル……俺がお前を止める。 兄として、最後の躾(しつけ)だ。
フィシル:来いよミケル!!
ミケル (詠唱、涙声混じりに) 【水】奉る水の神よ。静寂を与え給え。
フィシル 【炎】焼き尽くせ! 混沌の炎!ジュデッカ!
ミケル こぼれる水の奔流が、万物すべてを押し流す……【エルケイト】!!
フィシル あ……はは……つめてぇ……。 これだよ……この、死に迫る感覚……! う……わぁあああああああ!
ミケル:はぁ……はぁ……っ。 ……終わった、のか……。 フィシル……。
(ミケルの嗚咽)
エピローグ:残された罪
【シーン 再び、冒頭の白い空間】
(ミケルが一人佇んでいる)
エンデル :(静かに、どこからともなく現れる) 終わったね。 君は守った。平和な日常を。愛すべき兄弟たちを。 ……たった一人の家族を犠牲にして。
ミケル: ……あんたは、誰だ。 ここは何処だ。俺はフィシルを……俺の手で……。
エンデル:私はエンデル。全てを見通す者。 君の嘆きが、この空間を呼んだ。 ミケル、君に問おう。 君のその手は、罪に塗れているか? それとも正義に輝いているか?
ミケル :……罪だ。 あいつの心を理解してやれなかった。 あいつが退屈という闇に飲まれる前に、俺がもっと……。 俺が殺したんだ。俺の半身を。
エンデル:ならば、機会を与えよう。 この空間は、因果の狭間。 君が望めば、時間を巻き戻すこともできる。あるいは、フィシルのいない世界で、残された者たちと生きていくことも。
ミケル :……巻き戻せるのか? あいつが、まだ笑っていたあの頃に。
エンデル :可能だ。だが、記憶は消える。 また同じ過ちを繰り返すかもしれない。 それでも、君は望むか?
(少しの間のあと、懐かしい声が聞こえ始める)
フィシル『インジスフィッシュの白身揚げだ、市場でかいの買ってきたんだぞ』
ミケル :……俺は……。 俺は、あいつに言いたいことがあるんだ。 「一人で行かせてごめん」と。 「おかえり」と。
エンデル:君は、何になりたい? 神か、断罪者か、それとも……ただの「兄」か。
ミケル:決まっている。 俺は……。
(ホワイトアウト、強い光に包まれる)
ミケル :楽園に罪があるのなら。 俺は何度でも、その罪を背負って、お前を愛そう。
「楽園に罪を」
ウィルル「これなぁに?」
メテル「わちきもお腹すいた」
リブル「あにきぃ、お腹すいたよ」
ミケル「…(優しく)みんな、飯にするぞ」
(メテル、リブル、ウィルルの楽しそうな笑い声)
ミケル「(テーブルを見つめ、空席に気づく)…ああ、そうか…」
ミケル以外の全員が、そこに誰も欠けていないかのように笑っている
ミケル(モノローグ)「**彼は、いない。**楽しかった日々を壊し、誰もいない場所へ去った彼の存在を、知っているのは…俺だけだ。」
ミケル「(静かに、自分の胸に手を当てる)…これが、彼を救えなかった…俺の背負う罪だ。」
エンデル「…お前の本当の願いは、何だい?」
ミケル「…(目線を上げ、遠くを見る)俺は、彼らが永遠に笑える世界を、守り続ける者になりたい」
(終幕)