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たくさんの人に日本史を楽しんでもらいたいブログ

日本史好きの僕が、好き勝手に日本史を解説しながら、多くの人に日本史を楽しんでもらいたいと思って書いていきます。

挨拶から時間が空いてしまいましたが、


最初のネタは『本能寺の変』にすることは決めてました。



本能寺の変って謎が多く、未だに解決されていない

日本の歴史上最大級のミステリーであることは誰もがわかっていることです。


僕らが学校で習う本能寺の変は、

「天下統一を目の前にした織田信長が京都の本能寺に少数の家来と滞在中に

羽柴秀吉へ援軍として出陣しようとしていた明智光秀が裏切り、

大軍で本能寺を囲み、織田信長を討った」

というものです。


間違いなく僕もこのように習っていて、

否定するポイントはどこにもないでしょう。


例えば、信長の遺体が出てこなかったことも、

本能寺が全焼した上、当時と現在とでは遺体を特定する技術の差なのかな?

と、納得してませんか?

明智光秀が裏切る数日前に歌会で裏切りを示唆する歌を詠んだことも、

現在に例えると、犯行予告をマスコミに流すようなものです。

しかも、国家を転覆させるくらいの犯行です。ありえないですよね。

でも、当時はそういった風潮があってもおかしくないと納得してませんか?


僕自身もこの当たり前の疑問にたどり着いたのは数年前です。

僕らが習った歴史では明智光秀の単独犯説に基づくものです。

これに共犯がいたとしたらどうでしょうか?

朝廷?羽柴秀吉?徳川家康?

他にも考えられるかもしれないけど、

まずは、この3人を例にして歴史のifを考えてみます。


だらだらと長くなるのでとりあえず、ここまで。

次回は、より詳しく書いていきます。


それでは。