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他人との衝突を避けていたら本当の信頼関係は絶対に築けない
言葉を選ぶ必要はあるが指摘をする
意見を言い合うということはその人にとっても、
自分にとっても絶対にプラスになる
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もしかしたら、「何を当たり前の事を…」と思われる方もいらっしゃるかも知れません笑
しかし、これって意外とできていないことが多いものだと私は考えています。
また実体験を元にどのような場面で思ったかを書いていこうと思います。
入社した時、新規事業の立ち上げに際し採用になったのは私を含め4名でした。
私自身があまり自己主張の強い人間でもなかったので、基本的に八方美人で平和主義の立ち位置にいました笑
新規事業でしたので、誰かが発信してリーダーシップを取っていかないと、誰かが仕事を教えててくれるような環境では
なかった為仕事が進みませんでした。全員業界未経験というのもあり…今思えばかなり無茶な採用だと思います。
4人の中では1人、リーダーシップを取れる自己主張の強い方がいました。
ですので、私やその他の2人はその方のサポートに近い立ち位置で仕事をすることが多かったです。
その方は非常に弁が立ち、上司へのプレゼンもうまいのですが、まぁびっくりするくらい
肝心の実務は全くせず、実際に大事な業務をこなしているのはほとんど私でした。
しかし、それでも私は「その業務を処理したのは私です」「○○さんもうちょっと仕事してくれませんか?」
などの主張をすることはしませんでした。チーム内に軋轢が生まれるのが怖かったんですね。
そんな状態で仕事をしておりましたので、前回のブログでも触れた通りシステムはポンコツですし、全く上手く
行きませんでしたw
これは今だから言えますが、平和主義は基本的に「逃げ」の1手であり、「守り」の姿勢です。
私がそうだったから尚更なのですが、平和主義でいたい人の本心はですね、
「誰かに意見を言うということは自分の言葉に責任を負わなくてはいけないから言わないでおこう」
「他人に嫌われるのが恐い。揉め事はない方が相手にとっても自分にとっても良い」
など、「自分が責任を負いたくない」というのが根底にあると思っています。
調和を取ることこそが正義だと当初は思っていました。
だって遅刻をした社員に叱咤した翌日に、自分が寝坊して遅刻するなんてカッコ悪くて出来ないでしょう?笑
ならはじめから「うん、誰でもそういう時はあるよね!次から気をつけてね♪」なんて無難な事を言っておいた方が
安全で良いんです。これは優しい上司でも何でもありません。お互いをダメにしている保守的な状態です。
結果がでない状況が続き、散々上司からもプレッシャーを掛けられている中で、自分が保守的な立場に居られなくなった時、
このままではダメだと気づき、意見を言い合うようになりました。
そして意見を言う分、自分の言葉や行動に責任を持とう!と思うようになり、結果他人に指摘をすることが自分を戒めることにも
なり、お互いが成長できるのだと気が付きました。
最終的にその方は退職してしまいましたが、今でも私は部下に対し、相当厳しい指摘をします。
私は仕事であったり、自分が成長するために頑張っている人が大好きです。
だからこそ、その人に成長して欲しいからこそ指摘をします。
そしてその言葉を発する為には、自分自身が行動で示す必要があります。
すると自分も結果を出して成長するしかないのです。良い事しかありませんよね?
他人に厳しく、自分にもっと厳しくというのが私のモットーです。