稲盛和夫さんの「心。」を読んだ。


タイトルの通り、人生における心のありようの大切さについて述べられた本だ。



話の本筋からは逸れるが、稲盛さんの生い立ちに関するエピソードに、私は(やっぱりな)と思うことがあった。



稲盛さんの家は裕福ではなかったので、両親も本人も中学校には行かないつもりだった。


ところが、国民学校の担任の先生が家に来て「どうしても中学校に行かせたい」と両親に頼み、願書を出して試験会場にまで連れて行ってくれた。



高校を卒業したあとは就職するつもりでいたら、高校の担任の先生が「稲盛くんは大学に行くべきだ」と何度も家に来て両親を説得してくれた。



そのおかげで彼は大学に行き、のちに「京セラ」を設立することになる。




私が思ったことは、人の運命はある程度は決まっているということだ。



稲盛さんのように、本人や父母がその気でなくても、学業を修める運命にある人には天の力がはたらいて、他人の力添えをもってしてまでその道に進むようになっているのだ。



その点においてだけ、私は自分のしたことは正解だったと自負している。



私は子どもに塾に行かせようとしたり、勉強を強要したことがない。



その理由の一つには、自分が子どもの頃に母から勉強を強要されて嫌だったことがある。



好きでもない勉強のことを毎日うるさく言われた私は、自分がされて嫌なことは人にはしない、と誓った。



もう一つは、本当に勉強が必要な人には私がうるさく言わなくても本人が勝手にやるか、誰かが勉強するように仕向けてくれるはずだと確信に近い気持ちを持っていたことだ。



人間はある意味、植物のようなものだと思う。



みんな、その人だけの種を持って生まれていて、いずれそれぞれの花を咲かせて実を結ぶ。



その人の嫌いなことをさせるのは、ユリなのにバラになれ、と言っているようなものだ。



私は息子が高3のとき「勉強が嫌いなら大学になんて行かなくていい」と言っていた。



それでも「(息子)くんは何としても大学に行くべきだ」などと言う人は現れなかった。




結果的には息子の希望で大学には入ったが、病気になり休学することになった。




これも運命なのだろう。