キーボードというのは

持ち運ぶとなると


長いし重たいわで

かなり厄介なシロモノだった。



病院に着いて


車からおろしたキーボードをかついだ主人が

玄関ロビーに入っていった。



まるでターミネーターのような主人の姿を見た守衛さんが目を見開いていた。




この日はちょうど休日で

病院のロビーには誰もいなくて助かった。




平日だったなら


ロビーは診察を受けにきた患者さんや付き添いの人たちで溢れかえっている。




そんなところへ

こんな長くて大きなものをかついで入ったら


間違いなくどよめきが起こったことだろう。




ターミネーターが病棟に上がるエレベーターに乗り込み

キーボードの台を抱えた私も後につづいた。



エレベーターを降りると


私たちを見た看護師さんが


「えっ、そんな大きいんですか」


とギョッとした顔で言った。



「それはちょっと入らないと思います…」




イヤな予感。



先生に持ち込んでいいと許可は得たと息子に聞いたんですけど…


と言うも


「いやぁ、かりに入ったとしてもこんな大きなものがあったら部屋いっぱいになって処置ができないと思います」



たしかにそうだ。



病院に持ち込んだキーボードは

改めて見るとかなり大きい。



それほど広くない病室にこれを入れたら

空間の大部分を占めるであろうことは

容易に想像できた。



看護師さんが言うように

キーボードが邪魔をして処置に支障をきたしたら本末転倒だ。



そのような事態はなんとしても避けたいと思い私はキーボードは諦めたほうがよさそうだと思った。



「そうですね。息子が先生にちゃんとサイズを言わなかったのがよくなかったんです」




廊下で私が看護師さんに

そう言ったのを聞いていた息子が


病室の扉を開け顔を出して言った。



「オレ、ちゃんと先生に88鍵盤のめちゃくちゃ大きいサイズです、て言うたで」



。。。


「先生がいいとおっしゃっても看護師長の許可がないと置くことはできないんです」


「今日は休日で看護師長がいないので週明けに許可されたら置いてもらってかまいません」



とりあえず

今日は持って帰ってほしいと言う。



私は

もう置かないほうがいいと思ったが


息子はなんとしても許可してほしそうだ。


気持ちはわかるが。


主人はおそらく

置く置かないということよりも


もしも

許可がおりた場合


ふたたびターミネーターをしないといけないのが億劫すぎて


看護師長さんの返事がわかるまで病室内に立て掛けて置かしてもらえないか、と頼んでいた。


「いえ、万が一倒れてきて息子さんがケガされるといけないので」



ならば傷ついたりしても病院に責任は問わないので廊下の隅にでも置かしてもらえませんか、となおも問う。


「そう言われてもやはり高価なものなので」




ロビーに着いたエレベーターから出てきた主人が来たときと同じようにキーボードをかついでいるのを見た守衛さんが言った。



「だめだったんですか…」



ええ、そうなんです

と笑って答えた私に


「申し訳ないです」



なんていい人なんだろう。



守衛さんは何も悪くない。



というか誰も悪くなんかない。


誰もが

それぞれの考える一番いいことを実行したがそれがうまくかみ合わなかっただけのことだ。



ただ

しんどい思いをした主人には

ご苦労さまね、とは思う。




家に帰ってきたら

息子からLINEがあった。


「今日はありがとう。

キーボード重たいのにごめんな。

許可してほしいなー」




週明け

やはりキーボードは許可できない

ということだった。