「自転車に乗って帰れる?」
「バスで帰るか?」

つい今しがた
ひどく泣いていた私を心配して主人が尋ねた。

主人は
私が帰るとき楽なようにと思って
説明を聞きに病院に来るときに
私の自転車に乗って来てくれたのだ。

「ううん、大丈夫」
私はそう言って自転車置き場に向かった。
主人はバスで帰るのだが
自転車置き場まで着いてきてくれて
「気をつけて帰りや」
と言って私を見送ってからバス停に向かった。

薄暗くなりはじめた冬の空を見て
長い1日だった、と感じた。

息子とタクシーで病院に来たのが
朝の10時頃で今は4時くらいだ。
時間的にはたったの6時間で
たいていの人が仕事をしている時間よりも
短いはずだが私にとっては
この6時間が12時間くらいに思えた。

今まで経験したことのない出来事に
はじめて味わう気持ち
休むことなく浮かんでくる思い
脳内のあちこちを駆けめぐる思考
それらに振り回されて
心が疲れきってしまったみたいだった。

けれどここでへこたれてはだめだ。

いちばん大変なのは息子だ。

私は強くなると決めたから。

それでもやっぱり涙が出てくる。
私は自分に言って聞かせるように

「大丈夫、大丈夫」
「絶対よくなる」「絶対元気になる」

そう声に出して言いながら
自転車のペダルをこいだ。


家に帰ると
主人から息子は白血病だと聞いたのか
泣きそうな顔の娘が
「先生なんて言ってた?」と尋ねてきた。

まっすぐ帰れば
バスより自転車のほうが早いのだが
私はスーパーに寄ったため
主人のほうが先に帰っていたのだ。

主人は
突き付けられた事実があまりに辛くて
娘に詳しく話すことができなかったのだろうか。
娘は詳細を知らないようだった。

娘は息子にとってたった一人の姉であり
これから息子を支えていく
大切な家族の一員だ。
もし移植が必要となれば
ドナーの第一候補は彼女だ。
いくら辛い話でも包み隠さず知らせる
ほうがいいと思い
さっき聞いた話をすべて話した。

娘は目に涙をためてじっと聞いていた。

「でもね、絶対よくなると信じて
できるだけ明るく普段通りの生活を
したほうがいいと思うの。(息子)くんの
ためにも、家族のためにも」

私は自らに言い聞かせるようにそう言った。