聞けばその先生は

息子が何も言わないのに

「何で行くつもりしてますか?」

と聞いてくれたそうだ。


前日に息子を診察した

ほんの数分の間の息子の受け答えから

この子は自分の医院に来たみたいに

救急センターにも

チャリチャリ自転車をこいで行く

タイプの人間だと見抜いてくれたたのだ。

さすがだ。


「まさか自転車で行くつもりじゃない

でしょうね」

「だめですよ、あなた病人なんですから。

親御さんと車かタクシーで行ってください」

こう息子に釘を刺してくれたのだ。


血液検査をしてくれたことと言い

自転車で行くなと注意してくれたことと言い

(当の息子はその注意を忘れて自転車で

行こうとしていたが)

この先生には感謝しかない。


先生から電話がかかってきた話を

聞いた瞬間

(この子は白血病かも)という気がした。

それは私の勘がいいとかいうことではなく

白血球と聞いて思い浮かぶ病名が

白血病しかなかったからだ。


これまでの

息子が重病かもしれないという

兆候を見せられるたびに

私自身そのことを本当はわかっているのに

どうしても信じたくなくて

そんなはずはない、と

何度も不安を意識の片端に押しやって

見ないようにしようとしてきた。


しかし

何度かは押しやられて引っ込んでいた

黒いマグマのようなものは

今や強大な力をつけて

勢いよく流れ出しその正体を現そうとしているみたいだった。


息子と乗ったタクシーの中で

私はもう何ごとも受け入れようと思った。

この黒く強大なマグマの渦に

飲まれるでもなく抗うでもなく

力を抜いて身をゆだねよう、そう覚悟した。