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message from Y.O.U.

指導の仕方について、今とあるニュースが話題になっていますね。

今日これから展開する持論が万人に受け入れられるとは思ってないし、何なら批判されるかも知れないけれど、それでも僕が感じていることを書いていこうと思います。

師弟関係の話です。

僕はね、師弟関係っていうのは、親子関係と同じか、もしかしたらそれ以上に深く強固なものだと思っています。
親は選べないけど師は選べる。
師匠とは、自分が選んだ第2の親です。
お互いにリスペクトが存在しなければ関係は成立しない。
師匠だって、誰それ構わず弟子入りを認めるわけじゃありません。
こいつは見所がある、と思わなければ門前払いです。
僕も沢山の生徒に指導してきましたが、弟子と呼べるのは今のところ1人だけです。

でね?
その弟子が良くないことをしたとして。
いきなりトップギアでブチ切れてブン殴るような人を師匠と崇めますかって話ですよ。
リスペクト出来ないでしょ、そんな人。苦笑
たぶんね、最初は口頭で注意されるんです。
それでもやはり、精神的に幼い子はなかなか言うことを聞けない。
これは仕方のないことです。
リスペクトとは別の問題。
心の底では師匠が正しいと理解出来てるけど、表層の自分が納得できていない状態ですね。
だから、注意されても我欲が勝るんです。

それを何度か繰り返して初めて「口で言ってるだけでは埒があかない」ということになって、ゲンコツやら平手やら飛んでくるわけです。

これを過剰だと言う人は、たぶん本気で師匠と呼べる存在と出会えたことがない人で、そんな、いわゆる外野がおいそれと口出せる問題ではないのです。
もちろんそれで鼓膜が破れたりとか、重大な後遺症を遺してしまうと過剰行為になります。
でも、大抵その瞬間痛いだけでしょ?

叩かれた方はショックです。
そりゃショックですよ。
でもそこで気付く子だっている。
というか、叩かれないと気づかない子というのは、絶対的に存在してるんです。

誰だってね、手を上げないで済むなら叩きませんよ。
単に叩きたいだけの人は指導者なんか目指さない。

「暴力」と「教育的指導」は決定的に違います。
その差がわからないのだとしたら、わからない方が悪いと思います。

甘い世の中ばかりじゃないんですよ。
本気で指導するからこそ怒るんです。
本気で成長して欲しいと思ってなかったら、言うこと聞かない生徒なんか「もう来ないで下さい」って言いますもん。
それだけで関係を断ち切れる相手なんです。

今の世の中は、批判的な意見の拡散力が過剰です。
物事の本質を理解せずに、単純に目立つトピックスに条件反射のように飛びついて、ステレオタイプな批判を展開して満足する。
このような幼稚な自己満足が、本気で取り組んでいる人たちの情熱を殺すんです。

知らない世界を半端な知識で批判する暇があったら、自分も何かポジティヴに熱くなれるものを見つけたら良いんじゃないですかね。苦笑

なんて。
情熱もない、野心もない、現代社会をクラゲのように漂って自分が理解出来ないものをただ機械的に批判するだけの人たちには、全く理解してもらえないんでしょうけど。


あ、ここまで書き連ねてきておいてなんですが、僕は基本的に叩いたりしませんよ。
幸か不幸か、叩かなきゃならないような子に出会えてないので。苦笑