言えない「ありがとう」を伝える勇気 | ヨッティのブログ

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誰かに何かをしてもらった時にありがとうって言うのは社会の常識。社会の常識というか人として当たり前のことだと思います。感謝の気持ちって心で想っていても意味がありません。その想いを言葉や行動で相手に伝えてこそ意味があるのだと思います。言葉や行動で伝えられないのであれば、表情や仕草などでも伝えることはできると思います。そこに本当に感謝の気持ちがあるのなら、相手に伝える努力をすることが大切です。


単に感謝の気持ちといっても、伝える対象によって「ありがとう」の意味合いは異なるものになると思います。誰かに何かをしてもらった時にいう「ありがとう」と、普段から大切に想っている身近な存在に対しての「ありがとう」はニュアンスが違うと思います。


誰かに何かをしてもらった時の「ありがとう」は、変に意識することなく自然に言えますよね。身近な存在に対して普段から抱いている「ありがとう」という気持ちを伝えるのって変に意識してしまうものです。やはり一番は照れという感情だと思います。自分の中の変なプライドが邪魔をして上手く伝えられないってこともあります。


感謝の気持ちを伝えられないプライドって正直言って意味がわかりませんよね。感謝の気持ちを素直に伝えられないまま胸の内にしまい込んでいることで、このわけのわからないプライドが生まれるのだと思います。


自分に対する周囲のイメージというものを、自分の中で勝手に創り上げてしまって、「ありがとう」の言葉が言えなくなっているのだと思います。そのタイプに当てはまる部分が僕にもあるので、自己分析をしているといってもよいでしょう。


周りからは「あの人は挨拶やありがとうが言えない人だ」って想われてるのではないか?自分のキャラを今更変えたら逆に変に想われるのではないか?そんなことを気にしだすと自分自身を更に追い詰めてしまい、「ありがとう」という言葉どころか何も言えない状態になってしまう。


でもそれって周りにどう想われるかではなく、自分自身が自分をどう想うかなんだよね。結局は自分の中で創り上げた自分象であって、周りの人は大してこちらを意識してはいないと思うだよね。僕が周りの人の立場であれば、普段「ありがとう」を言われたことがない人から「ありがとう」って言われたら、もちろん驚きはするが率直に嬉しいと思う。周りの人のイメージなんてどうでもいいんだよね。自分がどう見られるのかなんて気にすることはない。自分の中にくすぶっている気持ちがあるなら伝えるべきだと思います。


生きている以上は毎日が感謝の連続であって、誰かへの感謝の気持ちってきっと常にあると思います。生きているからこそ伝えられるし、相手に伝わるものだと思います。伝えられなかった後悔は一生残るものになるだろうし、伝えられる今だからこそ勇気を出して伝える努力をしましょう。


本日は3月9日、サンキューの日だそうです。家族、友人、恩人、彼氏や彼女、妻や夫に普段言えない「ありがとう」を伝えてみては如何でしょうか。