ヨッティのブログ

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介助者に自分がしてほしいことを伝えるのが僕ら障害当事者の責務だと思ってる。自分の意思を伝えなければ介助者は何をしていいのか解からないよね。自分の意思を伝えもせずに介助者に何かを求めるのはお門違いだ。


中にはそんな障害当事者もいたりする。障害当事者が介助してもらうのが当たり前でそれが介助者の仕事だろ!そんな感覚をどこかに持ってるのだろう。僕の周りにもそのような感覚を持ってる障害当事者がいるというのも事実。


そのような障害当事者を見てると憤りを感じ得ないね。確かに自分の意思がなかなか伝わらず、自分が納得できるような介助をしてもらえない時はイライラしてしまうこともあるけど、それはきっと自分の伝え方に原因があるのだろうと思う。自分の意思を伝えることは介助してもらう上では当たり前のことだけど、意思を的確に介助者に伝えるのは案外難しいものだよ。


単に自分がしてもらいたいことだけを伝えても、介助者に理解してもらえないことがある。なんでこの介助が必要なの?意味わかんない!これをこうしたからといって何が変わるの?と言われたりすることも多々ある。でもこの微妙な感覚って自分にしか解かり得ないものであって、介助する側の人間には到底理解できないようなものである。


でも自分にしか解かり得ない感覚だからいって、そこで伝えることを諦めては自分が納得できる介助をしてもらえるわけがないよね。それに対して介助者の技術や能力を否定したり暴言を吐いたりするってのは障害当事者として絶対にやってはいけないことだと思う。


介助者に何かを求めるのであれば、まずは介助を受ける側が自分は何故こうしてほしいのか、こうしてもらわないとどう困るのか、介助してほしい理由までしっかりと伝えることだと思う。介助者が理解して納得できるまで伝えることで互いの理解が深まり、より良い意思疎通を図れるようになると思う。自分がしてほしいことを介助者に伝えるのは根気のいることだよね。


病院や施設では身体介護や医療ケアなど提供されたサービスであり、患者にはそのサービスを受ける権利があるのは当然のことだし、自立生活においても福祉サービスを利用する権利はあって然るべきだけど、そこには人と人との関わりがあるわけで、介助者にも人としての感情がある。


あまり介助者に遠慮しすぎても自分の生活が守れなくなってしまうので好ましくはないけど、僕ら介助してもらう側も介助者に対する思いやりや気遣いの気持ちを持つことも大切だと思う。


介助者と友達のように仲良くなれば信頼関係が築かれ、自分が理想とする納得のできる介助をしてもらえるのではないか?そう思ったりもするけど、その考え方は大きな誤算だと言えるね。


あまり仲良くなりすぎると介助してもらう側にも遠慮が生じてしまったり、別に今それやらなくてもいいじゃんとか介助者の都合の中に嵌められたり不都合が起きてくると思う。そうなってしまうと自立生活の意味が成り立たなくなってしまうよね。


自立の意味って自分の意思で生き方や生活に至るすべてを自分で選択し決定すること。自分の意思を伝え難くなったり、介助者の判断で物事を決められたり、それはもはや自立生活ではないよね。障害当事者と介助者の間にある程度の距離感は必要だと思う。


距離感を持つという部分では病院や施設でも同じだと思うよ。患者とスタッフある程度の距離感は必要な気がする。プライベートで会って遊んだりする時は友達感覚でも全然良いと思うけどね。


一つ言えるのは互いの人権や気持ちを尊重し理解し合うってことだね。それが本当の信頼関係ってものだと僕は思います。