令和3年4月3日 父がいなくなり、早5年。
令和4年2月3日 母がいなくなり、早4年。
母の命日は、雪が積もって、駐車場の除雪が出来なかったので、両親の祥月命日を昨日行いました。
本当は、雪のせいじゃないよ!
○○(妹)が忙しい時だったので、忘れてたのよ笑
私が、生後4ヶ月の時に股関節脱臼と診断され、近くの病院に2年近く通ったが治らない。
両親が、当時、県外から来ている医師に診せると今まで、何していた!と怒られ、本格的な治療が始まり、歩けるようになった。
5歳頃、脳性麻痺と診断され、県内外の病院に連れて行ってくれた。
このことは、私が14歳、2度目の股関節脱臼の手術の時に、あらためて父が真剣な顔をして話していた。
その隣で、母は生きているから、たいしたことなかったのよ!と笑っていた。
母は強し!とはこのことでしょうね。
高校生の頃、私が異変を訴えると地元の大学病院に連れて行ってくれたことにより、ジストニアと診断された。
父は、お父さん、聞いてもわからんで!と診察室に入らず、待合室で待っていた。
出てきた私に、どうなる?と聞いてきた。
その時は良くなると思っていたから、定期的に通院が必要とのことなので、父がいつも連れて行ってくれた。
帰り道にランチして、学校に行くパターンが2年ぐらい続いた。
その後も、県外の病院へ行く時は父が連れて行ってくれた。
当時は、運転が出来るのは父だけということもありました。
この両親だったから、病気や障害にこだわらず、育ててくれたのかもしれません。
お経を貰っている時に、ふと思い出しました。
お父さん、来年は7回忌ですね。
○○(父の弟)、月に一度、私の生存確認に来てくれますよ!
お母さん、あなたは頑張って偉いねーって言ってくれたけど、それは私をやる気にさせる魔法の言葉だったの?と最近思うんだけど…
本当はどうなの?と聞いてみたくなります。
今日は、風が強いです。
桜が散ってしまうのでしょうか