私の相棒・ジストニアとの日々

私の相棒・ジストニアとの日々

ジストニアは進行性、全身に症状がある。
寝転がると症状が強く現れるというレアなタイプ。

家の中は歩行器。外は車椅子で移動。



◎人それぞれ症状や治療法などは違います。
私自身が体験したり感じたことなどを綴っています。

10年以上、ド○モを利用している。

それまでは、料金がリーズナブルなところを利用していた。


ド○モのハーティ割対象なので、割引されていましたが、0.1G出るだけで1,000円プラスされる。

なんだか損した気分になる。


そこで、ah○moに乗り換えることにした。

楽○モバイルでもいいかなぁと思いましたが、携帯の支払いを妹がしてくれているので、ah○moにしました。


じつは私は、超がつくほど機械音痴なんです。

横文字がいっぱいで、意味不明泣

作業所の利用者の方にお願いしてありましたが、知人に私にも出来たから出来る!と言われ、頑張りました。


ひと月ぐらいわからない言葉を調べ、訪問リハビリの方(何度も乗り換え経験者)に聞いてみたり…。

昨日、1日かけて頑張りました!

今朝、確認するまで不安でした。




30Gも使いませんが、200円プラスされただけです。

普段気にしていなかったプランを見て、無駄な支払いがあることを発見💡


あとは、ド○モメールを使っているため、サブメールを作ってメールを解約すると330円お安くなる!

ド○モIDも変更しないといけないが、メルアドになっている。変更の仕方もわかりません泣


サブメールの作り方は、まだ勉強中!

機械音痴の私、ここまで頑張った自分が凄い!

1週間前のこと。

和室の窓を開けに行こうと思い、いつものように歩行器を乗せる。


左手は手すり、右手で歩行器を乗せる。

ここまでは、いつもどおりに出来た。


そのあと、事件が起きた!

手すりと間違えて、両手共に歩行器を握っていたのです。

歩行器が動き、踏み台ごと倒れる。

頸椎症があるため、両腕にしびれと痛みは走ったガーン

その時は、起き上がることしか頭にない。


当日は、念のためにお風呂には入らず、両肩に湿布を貼り、早めに横になったのがよかったのかもしれない。


右脚の脛に打撲痕があることに、夜になってから気がつく。

今も少し痛みはあるが、たいしたことはない。


リハビリの方に話したら、たいしたことなくてよかった!と安心する。

事件が起きた場所で、再現すると漫画みたいと爆笑!

今まで転倒は何度もあるが、私の中では2番目に笑える転倒事件かもしれない。


1番目は、転倒して気がついたらトイレの便器と壁の間に入っていたこと

運良く、怪我もなく打撲程度で済んだ。


だんだんと足も上げづらくなってきたので、気をつけて動かないといけないなぁと反省しているこの頃です。


今日で主治医の診察は最後でした。


待合室はガラガラで、掲示板には主治医の名前はありませんでした。

脳神経外科の方から出てきて、待合室まで迎えに来てくれました。


今日まで、よー頑張った!

これからも、頑張らなあかんよ!


寝転がると、右手首が外側に向き、不随意運動が強く寝れないことを伝える。

次の女医さんに引き継いでおくねと…


女医さんは、午後からだと月曜と木曜になるそうです。

ひとりで通院が難しいため、介護タクシーやヘルパーさんの都合もあるので、変更は難しいことを伝えると、あなたの都合はカルテに書いておくから、相談してみて!

5月21日(木曜)に予約を入れて貰いました。


もし水曜日しかダメなら…と言われたので、期待してみたら、あなたにボトックス注射を打てる医師は、女医先生しかいないから!

期待させる言い方やめてよね。


最後に、今までありがとうございました!と伝えました。


ありがとう!は、俺の方だよ。

お互い、元気で頑張ろうな!と…


待合室まで見送ってくれて、私は事務員さんの陰に隠れて泣いてから帰りました。


20年間、いろいろあったけどD rに出会えてよかったです。

本当に、ありがとうございました。




昨日、義妹と姪っ子が遊びに来た。

いつものことだけど、連絡なしで来るからヘルパーさんと鉢合わせ。

それでも、マイペースなのでコーヒー飲みながら喋っていました。


母がお正月になると作っていた肉巻き。

牛肉で、たまご・にんじんといんげんを巻く。

ゆで卵の皮むきと、凧糸を切るのは父の仕事でした。


義妹は何度か作ったが、同じ味にはならないらしい。

弟が作ってと言うので作るが、おババの味と違うと言うらしい。

(子供が生まれてから、母のことをおババと呼ぶようになった)

甥姪もばぁちゃんの味ではないと言うらしい。


調味料の割合は…と聞かれたが、母の性格上わかるでしょ?

   テキトーなんです。


おでんも真似して作ったら、味が違うと言われるらしい。

でも私が知っている限り、母はおでんの素を使っていました。

これに、何かを足していたのかもしれません。


テキトーに味付けしていたのに、毎回同じ味だったと言う。

その味を覚えている舌は凄い!


思い出の味、今度は妹に作ってみて!とお願いしてみます。

再現出来るでしょうか…。

令和3年4月3日 父がいなくなり、早5年。

令和4年2月3日 母がいなくなり、早4年。


母の命日は、雪が積もって、駐車場の除雪が出来なかったので、両親の祥月命日を昨日行いました。

本当は、雪のせいじゃないよ!

○○(妹)が忙しい時だったので、忘れてたのよ笑


私が、生後4ヶ月の時に股関節脱臼と診断され、近くの病院に2年近く通ったが治らない。

両親が、当時、県外から来ている医師に診せると今まで、何していた!と怒られ、本格的な治療が始まり、歩けるようになった。

5歳頃、脳性麻痺と診断され、県内外の病院に連れて行ってくれた。


このことは、私が14歳、2度目の股関節脱臼の手術の時に、あらためて父が真剣な顔をして話していた。

その隣で、母は生きているから、たいしたことなかったのよ!と笑っていた。

母は強し!とはこのことでしょうね。


高校生の頃、私が異変を訴えると地元の大学病院に連れて行ってくれたことにより、ジストニアと診断された。

父は、お父さん、聞いてもわからんで!と診察室に入らず、待合室で待っていた。

出てきた私に、どうなる?と聞いてきた。

その時は良くなると思っていたから、定期的に通院が必要とのことなので、父がいつも連れて行ってくれた。

帰り道にランチして、学校に行くパターンが2年ぐらい続いた。


その後も、県外の病院へ行く時は父が連れて行ってくれた。

当時は、運転が出来るのは父だけということもありました。


この両親だったから、病気や障害にこだわらず、育ててくれたのかもしれません。


お経を貰っている時に、ふと思い出しました。


お父さん、来年は7回忌ですね。

○○(父の弟)、月に一度、私の生存確認に来てくれますよ!


お母さん、あなたは頑張って偉いねーって言ってくれたけど、それは私をやる気にさせる魔法の言葉だったの?と最近思うんだけど…

本当はどうなの?と聞いてみたくなります。


今日は、風が強いです。

桜が散ってしまうのでしょうか泣