二週間前のことだ。グルメさんという赤の他人と待ち合わせすることになった。グルメさんの存在はJOIN USというアプリで知った。
「これで友達つくってみぃー」と、俺の悩みを聞いてくれたバイトの子に勧められたアプリだ。その長い、かわいい「みぃー」の裏にラインの悲しいスタンプのような機能を持った気がした。それは、つまり、何とも言えないけどとりあえずこれで話が済めた、ということだ。ともかく、俺も長い、可愛い「ありがとーん」でお礼を言いながらそのアプリをダウンロードした。このアプリの目的は、分かった範囲でいうと、一人で食べたり飲んだりしたくない寂しがり屋の人とつなぎ、食卓を囲んでひと時を愉しむことだ。と思った。
プロフィールを作成した時に、いろいろと設定できる。たとえば、相手の性別とか、和食、洋食などの好みとか・・・ああいうアプリなので、案の定、このようなフィルターが見られるが、案外なものもあった。その中に『奢りたい』『奢られたい』という二つあった・・・もちろん、いうまでもなく、『奢られたい』を設定した。相手の性別のところにどちらも選ばず、奢られさえしてくれれば男性でも女性でもいいのではないか。しかも『奢りたい』人もいるようで、その需要に応える者は必要であれば学生の自分になるがよい。
数日後、グルメさんからのメッセージがきた。
『こんにちは![]()
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時間空いてたら明日の昼ご飯でも一緒にしませんか。![]()
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フランスに興味あるのでいろいろ聞きたいなあと思います。![]()
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』
この絵文字添えの「まぶしい」メッセージを読んだ後、プロフィールを調べた。グルメさんは三十代半ばの男性以外は何も書いておらず、職種も趣味もお気に入りの一品も何も書いてなかった。だが、不思議なことに写真はあった。『JOIN USで知り合った飲み友アルバム』さえあった。俺の指を右から左へスマホの画面に滑らせながらアルバムをめくった。めくればめくるほど、何度も同じ場面が繰り返され、写真に写った飲み友は皆モグモグしながらビールジョッキを乾杯しているその場面だ。グルメさんらしい人は、どんな写真を見ても、同じ笑顔をしていた。その笑顔は晴れやかな、いかにも陽気そうな人の笑顔だった。まさに絵文字の笑顔と思わせる。
その翌日、俺は新宿駅東口の前でグルメさんの写真を頼りに周囲に目を配っていた。しばらくすると、肩がつつかれるような感触がして、振り返ってみると人差し指をさしたままの、小柄な人がいた。
「こんにちは、グルメです」
と彼は小さい、小さい、ネズミのような声で挨拶するなり、俺は呆気にとられた。俺の前に立った人は、カビ臭い、無表情な顔のうえに暗いオーラが漂う人だった。一緒にお店へ歩き出したら彼の足は何か重いものを引きずっているような歩調で前に進み、息遣いも、なぜか、荒かった。彼は、その間、一言もしゃべらず、俺にも 目を向けずただ無表情な顔で前を見ていただけだ。俺は昨日のカラフルなメッセージの絵文字とアルバムの写真を、脳裏を打つように、次々と思い出した。情報を頭の中に整理してみた。ネット上のグルメさんはカラフルな絵文字の笑顔をもって楽しそうな時間を過ごすが、本物のグルメさんは絵具を何くれとなく混ぜ合わせすぎたような黒色にしみたオーラに纏わされる人間だ。
お店に着いたら、ビールを頼んだ。その間も、グルメさんは口も利かず、インスタばかり見ていた。ビールが来た時に、
「写真を一緒に撮ってもいいですか」
と彼の口から聞こえた。彼は俺の返事を待つともなく、スマホを自撮りモードにし、撮った。その瞬間だ。グルメさんの無表情な顔が晴れやかな笑顔文字に生まれ変わり、黒色のオーラもスマホのフラッシュで拭い去られた。その刹那だけ、ネット上のグルメさんがリアルになったのだ。
グルメさんに奢ってもらった後、一人でパンケーキを食べに行った。テーブルの上に置いたスマホが鳴り、JOIN USからの通知だった。『あなたはグルメさんにタッグされました』と。俺も、今、その飲み友アルバムに入っているようだ。微笑しながらパンケーキを一口食べた。