なんと不思議なもの!
そう、この本は本として読むのではなくモノとして読むべきだと思います。
水村美苗が試みようとしたのは西洋風の日本書籍を書くことです。なるほど、この本は右から開けて読むのではなく、左から開けて読むもので、また、文体としては横書きで英語の文章をそのまま挟むだけではなく、日本語の文章自体が英語臭いと言えるでしょう。それは日本人読者にとってまさに新鮮な読者経験ですが、拍子抜けのところもありました。
まず、この作品の構成ですが、章に分けられておらず、読み心地が悪いことです。あくまでも個人的な意見なんですが、章がないと、どこで止めていいか分かりづらいので、読書の時間を区切ることが難しいです。
そして結構厚みのある、462頁の作品ということです。それはなぜ拍子抜けかというと、内容がすべて面白いというわけではないから。私として最初の70頁と最後の150頁が特に興味深かったですが、半分以上の内容には関心を持たなかったのです。
最後に言いたいのは水村美苗の作品を読んだらリービ英雄の作品を読んだほうがいいかもしれません。二人とも英語の文章を挟んで日本語で書いているからです。しかし、英語に対する態度がかなり違います。水村美苗は日本語を英語の体裁に従わせようとしている気がします。一方リービ英雄は英語を日本語の体裁に従わせようとしているのです。
言葉と言葉の間にある政治色が伺えてよかったとも思いました。
そう、この本は本として読むのではなくモノとして読むべきだと思います。
水村美苗が試みようとしたのは西洋風の日本書籍を書くことです。なるほど、この本は右から開けて読むのではなく、左から開けて読むもので、また、文体としては横書きで英語の文章をそのまま挟むだけではなく、日本語の文章自体が英語臭いと言えるでしょう。それは日本人読者にとってまさに新鮮な読者経験ですが、拍子抜けのところもありました。
まず、この作品の構成ですが、章に分けられておらず、読み心地が悪いことです。あくまでも個人的な意見なんですが、章がないと、どこで止めていいか分かりづらいので、読書の時間を区切ることが難しいです。
そして結構厚みのある、462頁の作品ということです。それはなぜ拍子抜けかというと、内容がすべて面白いというわけではないから。私として最初の70頁と最後の150頁が特に興味深かったですが、半分以上の内容には関心を持たなかったのです。
最後に言いたいのは水村美苗の作品を読んだらリービ英雄の作品を読んだほうがいいかもしれません。二人とも英語の文章を挟んで日本語で書いているからです。しかし、英語に対する態度がかなり違います。水村美苗は日本語を英語の体裁に従わせようとしている気がします。一方リービ英雄は英語を日本語の体裁に従わせようとしているのです。
言葉と言葉の間にある政治色が伺えてよかったとも思いました。