一瞬秋かと……なわけないけど。 | 鬼妻ファイト日記

鬼妻ファイト日記

毎日の姑とのバトル日記を、完全卒業しました。
10年の在宅介護を終えてからの姑は、施設に2年、療養型病院に
2年入院しましたが、令和4年11月3日(文化の日)に、97歳にて他界しました。
これからは、自分の老後の日記を書いていこうと思っています。

ここのところ熱帯夜が続いて、さすがの軽井沢の我が家も寝る時にエアコンをつけないといけない状況になっています。

エアコンが効きすぎて3時くらいに目を覚まし、エアコンを切って窓を開けると涼しい風が入ってくるので、そのままグッスリ眠れるというわけです。

 

昨日も同じようにエアコンを切り、窓を開けると6時くらいに寒くて目を覚ましたのです。

寒くて!ですよ。

 

今朝の名古屋は爽やかだったみたいです。

22℃くらいに下がったようです。

雨が降ったことも気温が下がった原因かもしれませんね。

 

名古屋の人は、「やっと秋が来たのかしら」って錯覚したみたいですよ。

 

それも束の間、今日の夜はまた熱帯夜に戻るらしい。

さて、もうすぐまたまた三味線を舞台で弾く日が迫ってきました。

娘の師匠が亡くなって、どうなることかと思っていましたが、取り敢えず今年は開催されるようです。

 

その娘の師匠ですが、マルチな才能の持ち主で、舞台も精力的にやっておられた方でした。

ご主人が数年前に亡くなられてからは、先生はいわゆる高齢者の独り暮らしでした。

それでも、家にお稽古場があったので、人の出入りはしょっちゅうあったので、夜以外は独りになることはなかったようです。

事故があったのは、ここのところ体調が思わしくなかった先生が病院に行こうとしていた日だった。

トイレで貧血を起こした先生が前方に倒れた際、顔面をドアノブにしたたかに打ち付けてしまったことが死因の一つになったようです。

誰かが一緒に暮らしていれば、事故が起きたとしてもこんな死亡事故にはならなかっただろうと推察されます。

私も同じようにトイレで貧血を起こし倒れた時、まずは姑のためにトイレを広くとっていたことが幸いしたのと、運よく夫が家に居たという幸運が重なったことで大事に至らなかったように思います。

誰かがいると言うのは大事なことだとつくづく思いました。

実は、娘の兄弟子(先生の甥)が、先生のところに正式に養子に入ることになって、一緒に住むことになっていたのです。

なので、本当に悔しい事故になってしまったのです。

 

私は先生と同じ経験を2度もやっているので、娘が特に心配してくれています。

1度は娘宅で倒れていますからね。

それで、娘は私にスマートウォッチを買ってくれると言うのです。

救急車が呼べるタイプのモノとか。

お守りが増えることはありがたいことです。

 

次男も土日の朝は私たち夫婦の生存確認に来てくれますし、子どもたちには感謝しかありません。

 

最後は「秋」の話から遠のいてしまいましたが、過ごしやすい日々を過ごせるのもみんなのお陰と感謝あるのみです。